不安にはライフログが効果的だが少し気を長くする必要がある

留学時代のことなのだが、不安に押しつぶされてしまう、という留学生を何度かみてきた。日本人とは限らない。陽気なブラジル人だったりもする。

分厚い英語の教科書を何冊も買わされて、「これをはたして読み切れるのか?」と不安になるのは当然のことだ。

心理学の用語に「予期不安」というものがある。「不安というのは予期するものに決まってるんじゃ・・・」という突っ込みはおいておいて、未来を先読みして不安を増大させるのだ。

読めずにテストを受けてテストがさんざんだったら、3ヶ月をムダにして、お金もたくさんムダにして、自分も年をとって、どうしたらいいんだろう・・・というようなことを悶々と考えているうちに、1ページも英文を読まずに3ヶ月を過ごしてしまうのである。

このような思考には独特のパニック要素があるようで、私の友達で欲「挨拶がコワい」という人がいた。話を聞くと「挨拶をしようとするんだが、声が小さくて聞こえないと無視されたりして傷つくし、かといってあまり大声だと変に思われるだろうし、そもそもどのくらいの距離になったときに挨拶するのがいいんだ?とか考えているうちにパニックっぽくなって、すれ違ってしまう・・・」というのである。

これも小さな「予期不安」から始まって、事態を事細かくシミュレートしては、そのつど不安が増大するという流れになってしまっている。

こういう思考に陥りやすい人は、とにかく記録を残すのがいいような気がする。留学の最初期、私はとにかく、1ページ読んでは、1ページ読むのにかかった時間を計測した。

それをただ600倍するようなことは、しなかった。そんなことをしても絶望的な気分になるだけだ。「読まずにすむページ」もあるに違いないし、300/600読んだとしてもだいぶ違いはあるだろうし、そもそもそれくらい読むことができれば、読むのが速くなるだろう。

大事なことは、1ページ読んでは、かかった時間を計測するうちに、「それだけの時間、英文を読んだ」という自分の現実を積み上げた記録を自分のものにできたことの方だ。非常に変な話ではあるのだが、この場合、かかった時間が長い方が、より喜びが大きかったのだ。本当はもちろん正反対なのだが。

当時ははっきり言って、1ページ読むのに1時間かかった。すると、3ページ読むのには、3時間もかかったことになる。実際そんなものだった。だが、このやり方なら、一週間で20時間も英文を読んでいたことになったわけだ。(ページ数はわずか21ページでも!)

こういう記録を目の当たりにしているうちに、シミュレーションなんてつまらないことをしなくなっていく。どうせ先を見ても不安が募るだけである。だったら「過去の栄光」(それは英文1ページごときに1時間もかかったというだけの自己満足の産物なのだが)に浸りきりながら「今は過去の栄光を充実させること」に集中した方が気分がいい。

タスクシュートのいいところは、シミュレーションを「本日1日分」に限定している点である。不安は、そこに意識を集中させる限りにおいて、最大でも1日分の不安ですむ。1年とか10年とかいうスパンで先の心配をはじめたら、誰だって不安で胸がいっぱいになってしまう。不吉な予感のネタはいくらだってあるのだ。

タスクシュートは長期計画には向かない、という指摘がある。だが長期計画に向いたツールにはどんなものがあるのか。「アクシデントの予測を盛り込んで現実的な計画を可能にするツールでなければいけない」という話も聞く。明日にも大震災が起こりかねないという国土の上で、アクシデントの予測をじゅうぶん盛り込んだうえの現実的な長期計画などといったものが、実際に立つとは思えない。

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