いつまで小人なのか

親というのは勝手なものだ。特に母親は。

自分から産み落とされた子供は、まるで自分の分身、付属物のように思ってしまう。しかしこれは仕方ないことだ、実際問題自分の身体の一部であり、自分の痛み苦しみと引き換えに命を得たのだから。

親というのは勝手なものだ。特に父親は。

勝手に産み落とされる子供は、まるで他人。たとえ母親に付き添っていたとしても痛みも苦しみも分かったようなフリをしていても、本当には分からないし、分かろうともしていない。

生まれて育つ子供からしてみれば、頼みもしないのに勝手に産みやがって、しかも父親、母親面しやがってと思うのも無理はない。大人の身勝手のアウトプットが自分だからだ。

そうはいっても親子である。親は親らしくあろうとし、子の教育を試みる。

子は子供らしくあるはずが、変化、いわゆる成長によっていつしか子は大人になる。それはいつなのか? 社会的には成人というのがそれに値する。

親は親であるが、子供はいつしか小人から大人になる。つまり親と同じ立ち位置となるのだ。

子供は親の教育の写し鏡である。子供の立ち居振る舞いはすべて、環境によって決まる。

親が親であろうとし、子供が子とあろうとしている間は教育、指導がきく。しかし大人になったらそうもいかない。

もし成人後、子供が思うようになっていないとしたら、もう仕方がないのだ。あきらめるか、もしくは過去を呪うしかないだろう。

人が思うようになることは少ない。たとえ子であっても、それは自分の所有物ではなく、神からの授かりものである。親は社会に返す義務がある。

鉄道では12歳までの小学生が小人であり、中学生になると大人扱いとなる。これは妥当ではないかと思う今日この頃。

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