結婚する人、しない人

多様性を認めよ、とか言いながら、結婚せよと言う。

そこ、もう違うじゃん。…と思うのだが、さて独身者の諸君いかがですか?

もちろん、結婚したからこそ得られる幸せもあるだろう。それは認めよう。だが同時に、結婚しなかったからこそ得られる幸せをなぜ認めないのか?結婚させようとするのか?

国の人口が減る?それを国が一個人に押し付けることこそ間違っていたりしないだろうか?その考え方自体が、国があってはじめて人がいると考えていないだろうか?いやいや、人があってこその国じゃ無かったの?

何も、独身者と既婚者の違いだけではない。子供の有無だって同じだ。

なぜ押し付ける?これも同じで、子供がいることによる幸せはもちろんあるだろう。でもそうじゃない幸せをなぜ排除しようとする?

もちろん、子供の数が減り、人口が減ることによる危機感も知っている。そのために国力が下がろうとしている事実も知っている。が、それはそういう施策しか打てなかった国や政府が背負うべき問題であり、それを個人に押し付けるなと。彼らは彼らで、「ルールをいじる」という大きな力を得ているのだから、文句を言いたいなら自分たちの手段で何とかしろよと。

別に、結婚も、子供も、良いところもあるし、良くないところもあるんだろう。誰かが思った良いものは良いとして、他の誰かに「おすすめ」するところまでは認めよう。でもその先にまで強制したり、介入したりするのは、やっぱり違うでしょ。

介入してもらいたい人は、すでに結婚相談所や、不妊治療という手段も用意されていて、そこに手を出している。それに対して補助を出すといったルールによる運用だってある。

私の知人が最近読んだ本で感銘を受けていた一言に、「寛容たれ。ただし、不寛容には寛容であってはならない」という言葉があったらしい。まさしく至言。

だから、これ見よがしに、自分と同じものを誰かに押し付けない事。

あなたがそう「言える」自由は認めてよ。ここ、自由の国のはずだよね?