解決と決着

物事には様々な課題が潜んでいる。それらを何とか解いていく必要があるわけで、日々人々は、リーダーは、それらに向けて邁進している。

だがその帰結として、2つの結果が出ることがある。

ひとつは解決、もう一つは決着だ。

これは同じ内容ではない。

いうまでもなく、「解決という形で決着する場合」もあるが、「決着したが、解決していない場合」がありえる。

決着はつくが、根本的なものは何も解決していないことままあるわけだ。そしてよく使われる日本での決着は「多数決」だろう。数の力で正しいと思われることを決めただけで、だからと言ってそれが本当に正しいかどうかは、なにも解けていないことがほとんどではないか。

さらに言えば、現実の社会的問題解決において、答えとは、唯一ではなく、解に向かって動き出しはしたものの、ベストであることはまずなく、ベターな一つの決断でしかないことがほとんど。

もちろん、解決に向かいたい。が、さまざまな意見を調整し、双方に納得がいくような落としどころは、ベターな解を含めた決断。

それを意識してそこに導けるのか?そのためにしっかりと語り合い、議論できるのか。決着さえつけば良いという人、多くないですか?

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