象が大きくなっちゃってる

群盲像を撫でる。

何人もの盲人が、象と初めて出会い、それぞれに触った感想を述べたところ

足を触った者からは「象とは、太い柱の様なものだ」

鼻を触った者からは「 象とは、細長いもののようだ」

背中に乗った者からは「象とは、岩山の様なものだ」

等々、それぞれに全く違う感想が出てきて何が何だか分からなくなっているという状況。

まぁこれをどうとらえるか、どう教訓とするべきかというところが肝心だと思うのだけれど、まさに今、我々の社会って、この状況ではないのかなと改めて思い返す機会があり。

そもそも社会システムそのモノ、経済システムそのモノが大きく大きくなってしまい、それぞれに専門家がいたりする現代。…だけれど、結局のところ「全体」を正しく認識できているのは要るのだろうか?ということ。

例えば日本においては、年金システムだとか、財政再建だとか、社会保障だとか…その一部だけを見て議論したって意味を持たないのではないかと。

そんな巨大な「象」システムは、国単位にとどまらず、もはや地球規模にまで拡大しているという状況。

一昔前は、アメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく…と言う形で言われてきたけれど、そんな単純なものではなく、政治的バランス、軍事的バランス、経済的、宗教的、さまざまな紛争、争いにおいて、それぞれ単独ではなく、互いに影響を及ぼしあいながら日々の生活、経済活動が回されている。

人類は幸い?地球より外側には出て活躍していないけれど、そうした大きな「象」システムを俯瞰して捉えられる意識、力が必要になるはずだと言うことでしょ。そしてそれを、たぶん地球上の覇権国家の長こそがそういう意識をしっかり持ってもらわないと、それこそ極端が極端な状況を生み出すことになりかねないのでは…という状況のはず。

うちの国だけ発展すれば…うちの国だけヌクヌクできればは、成り立たない状態に入りつつあるはず。中国とか、アメリカ保護主義強化とかを論じるような国の「長」ではまずいんじゃないの…ってことを、国レベルを超え、「星」レベルで考えなければ、たぶん「星」の上で生息する人類としては危ない状況になりつつあるのかな。

SFではなく、ほんとうにそろそろ、人類が生み出した技術が、星自信を滅ぼしかねない力を持ち出していませんか。僕らは群盲になっていませんか…。みんながそんな意識を持てなくても、そうした意識を持っている人を見出す力、選ぶ力は必要でしょ?