体は正直とは良く言ったものだ
ギターの構造と運指で考えた事
初めてギターに触れた中学三年生の頃、家にあったクラシックギターのネックは太く、コードを押さえるのも大変だった。で、Fはちゃんと弾けたのだけど、ローコードのGが分からなかった。弾けない以前に、どう押さえていいか分からなかったのだ。それで、適当にフォームを見ながら押さえやすい形で押さえていて、まあ、特にそれで不便を感じていなかった。というか、不便を感じるほど上手くなる事もなく、なんとなく、そのまま、不自然と思いつつ、Gは、私なりのスタイルの中で定着した。

それから30年以上経って、何となく、アコギでブルースっぽいバッキングでも弾けるようになりたいなあと思って、色々ギターを弄っていたら、いきなり引っ掛かった。G G7 C C G G7 C C7 D7 C Gみたいな、普通の進行をローコードで弾くのに、俺の押さえ方では、GからG7、CからGといった動きの時に、コードチェンジが間に合わないのだ。後で知った正しい押さえ方だと、G G7は、小指を移動させるだけだし、C Gは、指を広げるだけなのに、俺の押さえ方だと、どちらも一度ネックから手を離さなければならないのだ。

正しい押さえ方というのは良くできているなあと思ったのだけど、それは逆ね。実際は、そういう風にギターという楽器が出来ていて、だから、少ない指の動きで、ベースの動きと和音を同時に鳴らせるスタイルが定着した、というのが正しいのだろう。音楽が楽器と、押さえ方を作るのだ。凄いなあ、とか感心しつつ、練習をしていたら、しかし、またデカイ問題にぶち当たった。
長年の習慣で覚えた押さえ方は、分かっていても、頭がGと思った瞬間、指が間違った形に動いてしまうのだ。この認識を上書きするのは、かなり大変というか、まだ、指を見て、「そのまま開く」とか思わないと、指がこんがらがる。ブルースのバッキングなんて、無造作に弾けないとカッコ悪いのに、メチャクチャ意識しないと弾けない。かといって、昔の押さえ方に戻すと、弾けるのだけど、タイミングがどうしても一瞬遅れる。それが弾いていて気持ち悪い。同じ気持ち悪いなら、練習で解決できる方を選ぼう、という訳で、練習中である。
で、練習していて、習慣の書き換え以上に面倒な問題にぶち当たった。GからCへは、何の問題もなく移行できるのに、CからGが難しいのだ。ここで、昔の押さえ方の記憶も出てきて、グチャっとなる。それで、よく観察してみると、どうも指は、掴む方向には正確で細かい動きが簡単にできるが、開く動きは確実性に欠けるようだ、という事に気がついた。そう考えると、ギターは音が低い方から高い方へと、指を閉じる方向で上がっていく形になっていることにも気がつく。そして、新しい音に移動する時は、必ず掴む動きになる(弦を押さえるんだから当たり前だが)。うわー、良く出来てるなあ、と、感心したけれど、だからといって、何かが解決したわけではない。結局、練習である。
そして、何より不思議なのは、全然動かなかった指が練習すると、そのうち動くようになって、意識しないでも弾けるようになるという、その体のシンプルさだな。だからこそ、シゴキみたいな事も生まれるんだけど、人に強要されるんじゃなくて、ただ、反復練習するのは、実は結構気持ちいいというのも、体は正直という事なんだろう。