やさしい全体主義とグローバル競争(2)カエル君は海に行く

前回のエントリーでは、伝統的な日本企業にみられるハンコリレーや遅い意志決定、曖昧な責任の所在というビジネス文化は、「やさしい全体主義」とでも呼べるような、落伍者を出さない社会包摂的なカルチャーと表裏一体であると書いた。

こうした文化の悪い側面は、確かにビジネス上(特に国際的な)競争力を削ぐ側面があり、是正されるべき対象として」Why Japanese People! 「とかになりがちであるが、実際には社会の構造や人事制度などと密接に関係していて、単に部分として「改善」しようとしてもうまくいかないばかりか、背後に失うものを見落としてしまうという危険もはらんでいると思うし、本質を見誤って一般化をすれば、ちぐはぐな方針になり兼ねない。

What's?グローバリゼーション

日本はもっとグローバル化しろと言われて久しい。「グローバル」って何?と思えるほど、このスローガンそのものが極めて日本的な発想であったりもする。海外マーケットで大きな収益を上げる企業がある一方で、海外進出に苦心する企業が多くある。

公用語を英語にしたり、大学入学式の式辞を英語にしたりと、グローバル化の手始めとして最低限の英語という発想もある。それもどうかという批判もあるが、それ以上に根本的な問題からしてズレていることがある。

本社が・・・

海外に事務所を構えたり現地企業を買収して海外進出した企業でありがちなのが、現地スタッフがビジネスアイデアを思いついても、日本の本社にお伺いを立てるプロセスのハードルが高過ぎて、意志決定も遅ければ、中身も変えられてしまい、うまくいかないというケースが多いということだ。属人的な要因による成功例が大きく扱われることはあるが、極めて稀なケースと言える。

グローバル化の成功って?

もっと強い決裁権を現地に持たせるべき、と言ってしまえば簡単だが、実際にはそう簡単にはいかない。こうした企業にとって、グローバル化とは日本式のビジネスを海外に展開することがその成功になっているし、あまり強い権限を与えれば本社からのグリップが効かないリスクもあるし、育成した人材を流出しない為にも本社に対する「忠誠」手続きをおろそかにはできないのである。

カエル、海からただいま帰りました

ただ、このシステムは国内競争における支店であれば、お互いに「やさしい全体主義」経営だから競争が成立するが、海外マーケットではそんな優しい競争ではない。本社に意志決定の責任が共有されているので、なにかと真っ当な言い訳をこしらえて本社に戻ってくることが出来る。

こうした齟齬を避ける為には、グローバルな競争にさらされるということの意味と、なぜ日本で「やさしい全体主義」がいまも根付いているのかという事について考える必要がある。後者は、日本人の土地に対するカルチャーが関係していると思う。それではまた次回。

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