欅坂46を作った秋元康は天才説(1)

私は特にアイドルに詳しいという訳ではないが、日本におけるトップクリエイティビティの集約点にして、時代精神を表す存在であるアイドルに対し、それなりの関心を抱いてきた。

今日本で流行している音楽は?

CDが売れなくなったと言われて久しい。海外の友人に「日本では今どんな音楽が流行っているのか」と聞かれると、答えに困ってしまう。オリコンチャートはランキングの殆どが、AKB系グループ、嵐、3JBで占められており、もちろんどれも真っ当に商業的に成功した結果ではあるが、純粋な「歌」の力だけかと言われればそうでもない。もちろん、海外でもそうした傾向はあるだろうが、日本は特に顕著な気がする。

最もイケてる作曲家

それでも、いつの時代も作曲家は存在する。それでは、今日本で最も「イケている」作曲家は、どこででどんな曲を書いて提供しているのか。最初はそこに興味を持った。

東方Projectの楽曲を手掛けたZUN氏や、初音ミクを起用したsupercellのryo氏など、ゲーム音楽やニコ動の中に光る才能を探していたが、その中にあったヒャダインの存在に興味を持った。

ヒャダインこと前山田健一氏は、本名公開前はニコ動に「ストIIの効果音で、オリジナル曲」や「FF4で、ゴルベーザ四天王登場!」などを投稿し注目を集めていたが、正体を表してからは、アニメ「日常」の非常に中毒性の高い主題歌を提供したり(自ら歌っている)、ももいろクローバーでんぱ組incなど様々なアイドル向けの楽曲提供やプロデュースで一般に知られるようになる。

2012年、前山田健一氏が、ももクロに提供した楽曲の一つ「猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」」の制作秘話を話している動画を見て、ああこの人はクリエイターとして本当に天才なんだなと、衝撃をうけた。年端もいかない5人の少女の為に、持てる限りの最先端の音楽をつぎ込んでいく様は、クリエイターにとってアイドルという存在がそれだけ表現をぶつける対象として魅力的なんだということに初めて気が付かされた。

日本のクリエイティビティの集約地としてのアイドル

また、2013年にきゃりーぱみゅぱみゅが発表した「ファッションモンスター」は、そのMVに宇多田ヒカルの「travelling」以来の衝撃を受けた。きゃりーはももクロとはまた路線が異なり、自らのビジュアルやコンセプトについてきゃりー本人が次々と打ち出し、そこに周囲のクリエイターが答えているかのような作られ方をしている。彼女のドキュメンタリーを見た時、楽曲提供者の中田ヤスタカ氏やスタイリスト、増田セバスチャン氏のアートディレクションが、彼女のコンセプトに向かって集約されていく様は圧巻だった。

中田ヤスタカ氏と言えば、CAPSULE、Perfumeのプロデューサーとしても知られている。CAPSULEは「吉幾三×Capsule×DaftPunk×BeastieBoys StarrySky‐IKZOLOGIC」の方が有名かも知れない。Perfumeも、中田ヤスタカ氏の世界観を表現する「器」として独特の存在感と、ドローンやプロジェクションマッピングなど最先端のメディア・アートを駆使した日本のクリエイティブシーンで挑戦を続けている。

ナルトから乃木坂46へ

日本のクリエイティビティのもう一面としては、アニメがある。少し前までの日本のアニメ界は、二番煎じのコンテンツを韓国や中国のアニメーターに安く発注して原作レイプしたような深夜アニメをたくさん出していて、正直辟易していた。ところが、2014年に動画サイトで少し賑わっていた「ナルト疾風伝」の忍連合とうちはマダラの戦闘シーンを観て、日本のアニメーターの本気を観た気がしてもう一度向き合おうと思うようになる。

その後の私のナルト愛についてはまた別の所で書く機会があれば書きたいと思うが、当時ナルトのオープニングテーマ曲が乃木坂46の「月の大きさ」に変わり、ナルトファンの間でも論争が起き、それをきっかけに乃木坂46に興味を持つようになる。ナルトファンからすると、それほど歌がうまいとはいえないアイドル曲がナルトアニメのオープニングになることに違和感を覚えた人が多かったようだが、私は当時のアニメ放送していた話の内容と、「月の大きさ」の詩の内容や曲の世界観の見事な調和(薬師カブトvs うちはサスケ&イタチ 「自分に嘘つけば 自分を失うよ♫」「 真の孤独とは過去のない者 今しか知らぬ者♫」)に関心し、そんな歌をアイドルにわざわざ歌わせる秋元康氏に興味を持った。

続く

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