欅坂46を作った秋元康は天才説(2)

続き

乃木坂46誕生の背景と特徴

2011年に乃木坂46が生まれたのは、AKB48がソニーミュージックエンターテイメントの子会社から別会社に移籍後にヒットしたため、逃した魚は大きいと悔しがった担当者が秋元氏にもう一つアイドルグループを作ってくれるようにもちかけて生まれたとされている。当時から明確なコンセプトがあったわけではないと言うが、AKB48との違いは、

・AKB系は専用劇場を持つ「会いに行ける」アイドルであるが乃木坂にはない
・AKB系は水着で踊る楽曲や雑誌グラビアが多いが、乃木坂は基本脱がない
・AKB系はいかにもアイドルな短い丈の衣装を着ているが、乃木坂は清楚なお嬢様系で、スカート丈は膝下が基本
・AKB系は振り付けが飛びはねるものが多いが、乃木坂は滑らかなステップが多い

というような違いは存在した。また、ビジュアル的にもAKB系が「クラスに一人いそうな可愛い子」だとすると、乃木坂はモデル経験者や芸能経験者を多数入れて、例えるなら「街でも有名な可愛い子」のような存在にしていると思われる。

路線が明確に

楽曲のコンセプトは、当初はフレンチポップス路線だったが2012年末に路線変更し、作曲家に”天才” 杉山勝彦氏を迎えて「制服のマネキン」、2013年に「君の名は希望」を続けて発表。後に様々評論されているように、この2曲が乃木坂の後の方向性とアイデンティティを決めた。特に後者は後の紅白出場曲となり、今年の春からは乃木坂駅のホームで流れることになった同グループを代表する曲であり、後に西野七瀬が同グループの重要なアイコンとなることを強く予感させるものであった。

西野七瀬は、ビジュアルはともかく、およそアイドルらしからぬキャラクターで、目立つことや競争を嫌がり、従来のアイドルに求められてきたようなタイプの「愛嬌」やファンサービスに不向きな存在。「太った鳩」や爬虫類などの動物が好きで、「ジョジョ」を始めとして漫画オタク、およそコミュニケーション能力は高いとはいえない人間嫌いな存在。乃木坂には、「アイドル力」の高い”ぶりっ子”が出来る秋元真夏や、モデル系の白石麻衣、橋本奈々未、お嬢様系の生田絵梨花、といった目立ちやすい存在もある中で、西野七瀬のような存在が大きな人気を得ていったことは、日本社会がアイドルに求めるものが変化して行っていることを指し示しているように思われた。

特異な存在「欅坂46」の登場

そうした中で生まれたのが「欅坂46」ではないか。秋本氏がどこまで明示的に考えて企画したかは分からないが、私にとっては欅坂46は「コミュニケーション能力ではなく、本人の個性で生きていかなければならない現代」における、初めて商業的に成功した「媚びないアイドル」ではないかと考えている。

つまり、西野七瀬の延長にあるような、「クラスのマドンナのような存在ではないが、お昼ごはんを一人で食べているような個がはっきりした誰ともつるんでいない可愛い子」であって、従来アイドルに必要とされたような「愛嬌」や「コミュニケーション能力」「アピール力」、つまり「媚びる能力」はかなり軽視されたセレクションになっているように思う。

運営方法も変わっている。AKBグループの様に、個々のタレントが別々の芸能事務所に所属してマネージメントを行うわけではなく、乃木坂46が「乃木坂46合同会社」に所属するように「欅坂46運営事務局」という非法人に所属する形になっている。また、多くのメンバーが寮生活を行っていることも特徴的で、結成からCDデビューまでの半年間はテレビ出演や、イベントで演劇を行うなどして、それぞれやお互いのキャラクターを徐々に理解しつつ、個性を表現する仕掛けになっているところがにくい。テレビ番組での席順も運営側ではなく自分達に決めさせたりしているというのも凄い。また、ゴー☆ジャス等のお笑い芸人のモノマネや、「ケチャップ入りヨーグルト」など、アイドルらしからぬ個性的な趣味を惜しげもなく露出させている。

「サイレントマジョリティ」と「世界には愛しかない」の凄さ

デビュー曲の「サイレントマジョリティ」は、軍服をモチーフにした衣装に軍隊をイメージさせるようなダンス、表情に笑顔はなく、一般に「かっこいい系」「クール系」と言われているが、この演出は個性を徹底的に押し出すコンセプトだからこそ、抑圧的な演出に徹し、そこからの個の解放をより印象づける造りになっているように思われる。MV冒頭で、一人自転車を漕ぐ姿は、言葉にならない心の抑圧感と葛藤を感じさせる。そこには、ファンに対する「媚び」さえ一切排し、思春期の若者の気持ちの共感を呼ぶとともに、企業に所属し強い同調圧力のなかで自分を出せないで沈黙する多くの大人(=サイレントマジョリティ)の共感をも得るという、時代精神を表した作品になっている。

セカンドシングル「世界には愛しかない」は、タイトルこそいかにも「愛」を歌った曲のような印象を与えるが、実際は愛の歌に全然なっていない。曲最後のポエトリーリーディングは「自分の気持ちに正直になるって清々しい。僕は信じてる。世界には愛しかないんだ。」となっている。恐らく、ここでいう「愛」とは、実は「アイデンティティ」のアイであり、自分自身を表わす「I」を指していると思われる。振り付けの最後は小指を上に一本突き立てる動作があり、それも同じ暗示なのだろう。

「世界には愛しかない」を主題歌とする初主演ドラマ「徳山大五郎を誰が殺したか」では、オープニングで薔薇が燃え、亀が歩く。花の華やかさよりも、爬虫類のような孤高な生き方を暗示しているかのようだ。(私はこれから爬虫類ブームの時代が来ると考えている)

3つのグループの特徴は、公演前に行われる掛け声にも現れている。

AKB48チームB
「いつも感謝、冷静に、丁寧に、正確に、みんなの夢が叶いますように、AKBチームB」

乃木坂46
「努力、感謝、笑顔、うちらは乃木坂、上り坂」

欅坂46
「謙虚、優しさ、絆、キラキラ輝け、欅坂46」

AKBではエンターテナーとしての心得と、ファンに対する感謝や願いがあり、乃木坂でも「感謝」「笑顔」というワードが入っている一方で、欅坂は最初に「謙虚」が来るという驚愕の掛け声で、「優しさ」、「絆」もどちらかと言うと、個々の多様性に対する寛容さを思わせ、しまいには「キラキラ輝け」と、ファンの方を向かず自分たちの方向を向いている掛け声になっている(グループ名のけ・や・きとなっている)。

時代精神を表わす存在としての欅坂46

こうしたコンセプトが世に受け入れられるのは、日本経済が成熟し、インフラ系や製造業系の組織力がモノを言う事業の重要性が相対的に低下するなかで、従来最重視されたコミュニケーション能力(という名の「媚びる能力」)が必ずしも競争力を持たない時代に入ったことを映しているように思われる。私は、これまでの「媚び」能力が重要な時代を「この世はでっかいキャバクラ説」と呼んでいる。大組織にとっての上司は、「キャバ嬢にとっての客」であり、無駄な会議に出たり、理不尽な指示に従うなど、時間給で上司=客に媚びを売ることこそが、大企業における主要な業務とみなせると考えるからだ。

参考「液状化する現代社会の対立軸はソリッドvsリキッド?

スマホやパソコン、SNSという新たな手段を得た現代の人々は、より気の会う人とだけ付き合い、小さなチームを組んで大組織の意思決定の遅さや無謬性に対抗してリスクを取って個性的な事業を打ち出していくことが益々重要であり、それぞれの幸福につながっていく時代になっていく。

単に、若者世代の憧れの存在としてのアイドルではなく、性別や世代を問わず、自分の将来や時代を映し出す鏡として欅坂46を捉えると、このタイミングで産みだされたこのグループの存在は、秋本康の天才性そのものとしか言いようがないと言わざるを得ない。

(特に推しメンはいませんが、長濱ねる→渡辺梨加→志田愛佳→平手友梨奈→渡邉理佐と興味が変遷してきました。)

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