映画館というものがないこのまちでは、映画を観ることができるのは雪の、しかも夜だけだった。なにしろ「白」という色の無いこのまちでは、雪が唯一のスクリーンなのだ。

積もってこそいないが、風もほとんど感じられずにゆったりと雪の舞っている今日のような日は、年に数回もない映画日和である。この雪の具合であればきっと今夜はラブストーリーなんだろう。

車の音が聞こえてこないいつもの階段に僕がやってきたときには、一人の女性が座っているだけだった。彼女は人を待っているんだろう、飲み物を2つ並べて座っている。まだ上映までには時間があるのに、もう湯気も見られなかった。ずいぶんと待たされているのかもしれない。ひさしぶりの映画ですねと声をかけてみると、ええ、と微笑みが返ってきた。いつのまにか自然に、会話になっていた。
そいつが来るのが早いか、雪に愛の物語が投影されるのが早いのか、いずれにせよ、このゆったりとした幸せな時間はもうすぐ終わりそうだ。