俺も上海で考えた:旅と人生の楽しみ方について(32歳時点最新版)

上海といえば、これかリニアモーターカーか上海蟹だよね

ふらっと上海へ行くことにした。

今振り返れば、疲れていたんだと思う。

自社サービスを運営するスタートアップとして栄華を築いた(と思われた)会社では、今や自社サービスの運営はストップし、ラーメン代稼ぎの営業が主な仕事となり、期待していたメンバーはどんどん離れていき、好奇心やモチベーションというものが摩耗しきってしまっていた。

大好きな今の業界やそれに含まれるユーザ(そしてユーザ目線という高尚な言葉)、スタートアップやテクノロジーにキャッチアップする気持ちすら失せてしまっていたのだ。

そんな中、人は安直に心の根っこにある感情に正直に動くものなのだろう。
情けないことに、自分の場合それは’逃げたい’という感情であった。
それ故現実と向き合うことから逃げ、とにかく海外に逃げたかったんだと思う。

上海を選んだのは、航空券が安くて早く着くこと、目をかけた女性が数名いたこと、それしかない。

体は上海に逃げてきたけど、心は逃げ切れなかった

逃げの姿勢の表層化①:人と接するにも疲れてしまっており、旅の前半はこういったカフェテリア形式の食事処を好んだ。(現物を見て選ぶだけだから、会話が少なくて済む)ここは最高にまずかった豫園のカフェテリア。
逃げの姿勢の表層化②:ここは宿泊地近くのレストランだけど、同じようにカフェテリア形式。取ったメニューも味が想像できるものばかりで、全く持って冒険心がないことが伺える。

今年だけで4回目の中華圏への旅ということで、元来大したワクワクがなかったこともあるのだろうだけど、上海に着いてからも心は沈んだままで、日本でのことをずっと考えている。

外に出ていくのもいちいち億劫で、決めてから何本かタバコをふかさなければ腰が上がらない。

しかし振り返ってみると、こんな旅にも、こんな旅だからこそ、普段の旅では気づけないことや、今とこれからの人生について考える非常に有意義な旅になったので、記憶として書き留めておくことにする。

旅の楽しみ方について

(原点だけど)現地の人と旅することは絶対に面白い

今回は事前に現地に友人を作ってから訪問した。2日目にそのAさんに会って、現地の人の暮らしを教えてもらったり、観光客では絶対に足を踏み入れられない場所(Aさんのアートスタジオやその周辺の、謎の門に閉ざされた住宅街など)に入れてから、パッと上海の街が彩り溢れたもののように感じたんだ。

やはり、この旅の楽しさをもっと多くの人に伝えたい。そして、旅を目的に生きる人≒価値観を多様にする人、考える人をもっと増やすことに貢献したいんだ。

旅先の歴史を学ぶことは必須の準備

旅中、出発前からKindleで読んでいた不滅の旅本の金字塔、沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいた。主人公は歴史に造詣の深い人なんだろう、世界の各地で歴史を知っているからこそ目に見るものをより深く理解できているシーンが多々登場する。

お隣中国と言えど、先に紹介したAさんの話の中、街の光景、食文化、人々など、自分の知識では理解できないものも多く存在した。(特に「フランス租界」とか’何のこと?’としか思えない自分が今となっては恥ずかしい。

なのである程度時間を取って現地の博物館などに言って歴史を学ぶと、これまた面白い。今自分が立っている地の歴史(そしてそれは教科書では学んでこなかったこと、想像のつかない歴史であることも往々にしてある)を学べるのだ。

今後はぜひ、出発前にその国の歴史を学んだり、初日は歴史を学べる博物館に行くなどできると、旅の節々で見る景色により深い意味を感じられるし、思い出がより深いものになるし、何より自分の知見をより広いものにしてくれることを学んで取れた。(何でこれまでは思わなかったのだろう・・・旅そのものを楽しめていたからかなぁ・・・?そういう時代は自分の中で終わったということかな)

いずれにせよ、本当の意味で「何も準備しないで旅に行く」ことが上記2点を踏まえた旅に勝る訳がない、という確信を得ることはできた。

上海城市歴史発展陳列館で流れていた租界時代の映像。中国(上海)にこんな歴史があったなんて知らなかった。30分くらい見入ってしまった。
同じく上海城市歴史発展陳列館に陳列されていたビュイック。これ見た後で町中で見るビュイック(実車)はまた違う視点で見られる。
上海博物館に飾ってあった景徳鎮。なんでも鑑定団とかで名前を聞いたことがあるくらいだったけど、すごく歴史のあるもので、しかも上海に縁のあるものだなんて知らなかった。

人生の楽しみ方について

上海の人たちから学んだこと

とはいえ上海はすこし暮らしてみると、当時の自分の惨めな精神状態からすると、上海は非常に過ごしやすい街だった。

ひとえにそれを支えていたのは、上海(≒中国)の人たちの、良い意味での「自分のことしか考えない、他人には無関心」な生き様であった。

それを感じるシーンを具体的に思い浮かべることはできないのだけど、きっと日本人としてそこに生きると節々で感じることだろう。

そのため、日本と大きく違い「自分が常に見られている存在である」という感覚が全くと言っていいほどない。むしろ誰にも気にされておらず寂しさすら感じるレベルである。

それが人との接触に多大なストレスを感じるレベルに傷ついていた自分にはとにかく助けだったのである。

加えて、数日上海を歩き回って気がついたのは「上海には、世界の全てがある」ということ。未来都市のような建物と煌びやかな暮らし、クラシックな暮らし、貧乏な人々の暮らし、だからこそ、自分の分相応をわきまえ、みんなが誰より自分に正直。

これは反面教師的にも学ぶ部分が多く、自分もカッコつけないで、でも人の目は気にせず、自分自身に対してとことん素直に、自分の人生を謳歌したいと強く思った。

利他主義の拡大版が世界を変えること、だということ

上記の、

「上海(≒中国)の人たちの、良い意味での「自分のことしか考えない、他人には無関心」」

についてしみじみ感じていた時、同時に一方で、最近の自分は「自分がどうなりたいか(何を見たいか)」「自分がどう見えたいか」ばかりを考え、結果として「どうしてその通りにならないのか」と思い悩んでいたことに気がついた。そんなもの、日本人だって、表面的には見えずとも、人間誰しも自分以上に大事なものなんてないのだから、そんな風になるはずもなかったのに。

じゃあどうしたら良いんだろう、と考えてみると、自分も自分を大事にすることだろうな、と。自分の場合は、それ(自己実現の形)が外に向いていることが多い。(整理のために書いておくと、’内に向いている’とは、自分一人でできる自己実現になるように思う。スポーツなどでこういう結果を出したい、これができるようになりたい、など、1人で完結できる自己実現のことである。)こういう会社を作りたい、みんなにそこでこう動いて欲しい、こう感じて欲しい、など・・・
だからとどのつまり、理想の会社も、それを作る活力も、「他人をどうしたいか」≒「他人’に’どうしたいか」「他人’に’どうしてほしいと伝えるか」ということを通じた究極のエゴを追求することなのではないか、という結論にたどり着いた。

外部への期待を軸にした自己実現を考えるべきではない。

「自分がどうなりたいか(何を見たいか)」「自分がどう見えたいか」

「他人をどうしたいか」

(そのために)「他人’に’どうしたいか」

自分でできることは最後の部分のみなのである。

だからそれを踏まえて他人の行動に文句を言うのではなく、それを観察することで「自分に何ができるか」を考えることで人生はより豊かになるのではないかということを学んで帰ってきましたとさ。

帰りに乗ったリニアモーターカー。最速432km出てて、来る時に1時間弱かかった道のりが10分ほどで着いた。笑
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