8ヶ月間の資金調達を終えての徒然
昨年11月から開始した資金調達ラウンドがようやく終わりを見せている。
結果だけ見ればバリュエーションも調達額も70点という形になってしまったけど、(そのほとんどがネガティブなものだと認めた上で)学ぶべきことが多くあったので、結果的に資金以上のものを得ることができたと感じている。
資金調達というのは、いざ終わっても事務手続きなどで1ヶ月くらいを無駄にしてしまうもので、この週末は本当の意味で半年以上ぶりに自分のためだけに時間を使うことができたので、大好きなアニメと映画をたらふく見ながら、これまでを雑に振り返っていた。
色々と振り返ることはあるんだろうけど、今日は即物的に見てきたアニメと映画の紹介、そこから学んだ明日から実践したいことと今の課題をつなげて書くことができればと思っている。
今日は映画を2本見たのだけど、いずれも見るのは2回目。Netflixでザッピングしていたら懐かしくなって見たもので、奇遇にも2本とも青春モノ。
1本目は大好きなももいろクローバーZ主演の『幕が上がる』。
2本目は最初に見たのは高校時代という『ピンポン』。2本目についてはリンク貼る用に公式サイト探したら、時代を感じすぎるサイトになっていて笑ってしまった。
いずれも青春ものの醍醐味といえばそうなんだけど、シンプルに「必死に頑張る」ことが結果に繋がるということ改めて学んだ。
資金調達という一つの仕事を終えた今、自分が社長として、頑張るべき「方向」はどっちなんだろう。
実は資金調達自体は7月頭にはほぼ終盤に入っていたのだけど、そこからは社内がバタバタで落ち着けなかったのが事実である。端的に言えば、新規に採用した3名のうち2名が退職(1名は未だ交渉中)という予期せぬ事態に展開したからである。
事情はさまざまであるものの、共同創業者の管理能力や人間への関心の低さに辟易する気持ちも全て含め、完全に自分のミスであったと反省せざるを得ない。
弱音を下手くそな形で吐きすぎていたように思う。そういった小さなほころびの積み重ねが、資金調達というプレッシャーがなくなって一気にこぼれ出た結果のように感じている。
一番の課題として感じたのは、「信頼の形」をどう示すかだ。今回の退職の一番の原因は、資金調達が大きく長引いた結果、出資者にコミットしたスケジュールに大きくズレが出たため、その修正を無理やりメンバーに押し付ける形となってしまったことがある。
本質的には、結果にコミットできない自社の開発チーム(そもそも開発者というのはそういうものだと割りきらなければならないのかもしれない、という長年の問いはありつつも)がズルズルと結果を出せずにいた皺寄せが来たといえばそうとも言えるのかもしれない。
でもその原因すらここに集約されるのかもしれない。
これまでのマネジメントの形。
ここまで自分は前職の影響もあり、かなり厳格なマネジメントを実践し、結果的にそれがズレることによるストレスと戦い続けてきた。また開発チームのパフォーマンスがでない原因を、その厳格さの甘さに紐付けてきた。より厳格な管理が必要だと感じるようになってきたのだ。
その骨頂とも言える提案を先週したところ、既存のメンバーからの不満が大噴出し、実質パフォーマンスが大幅に下がっていることが目に見えて分かった。
長らく日本で生活してきた自分にとっては(現在の開発チームは1名しか日本人がいない)、管理されることは当然のように感じていたが、彼らからすると「管理される」=「信頼されていないことの証明」だったのだ。
自分が逆の立場に立ったらどう感じるだろう。人は誰でも自分の尊厳を守って欲しい。それは自分もだ。それを与えずにとにかく管理を徹底しようとしたことや、一方的な解決策の提示ばかりしてしまったことが彼らの尊厳を傷つけ過ぎてしまったのだ。
と、気付くと全然映画の話からそれてしまったけれど、映画で学んだ「とにかく全力で楽しむ、頑張る」ということをどこに向ければ良いのだろう、という悩みについて、ようやくまとまってきたので、良い来週を迎えることができそうだ。
それはやはり「相手への信頼・尊敬をどう示すか」という1点に尽きるのであって(それに伴う先日のフレックスタイム制の導入は効果があったように思う)、そのためにも、自分は自分の仕事をもっと頑張って終わらせないといけないと思った。
フレックスの提案をいとも簡単に受け止められた時の気持ちは忘れないでおきたい。それが「相互の信頼」というものに基づき、相手への尊敬を示すという課題と自分の管理コストを減らすという2つの効果を目指したものであるからだ。これをまずは見つつ、パフォーマンスを見ていこう。