VR(ヴァーチャルリアリティ)は虚しいか

in J.S. BURGERS CAFE Shinjuku branch
参加者 9名

もし何でも思い通りになる世界があったら素敵だろうか?あなたは人々にもあの人にも愛され、絵も空間に描けるし宇宙にも行ける。現実で得られる感覚を、理想的な世界の中で味わえる。完成した技術がそこにある。
 そういった世界を「虚しい」と思うのはなぜだろう?「リアリティが足りない」と言うなら、難易度設定をできたらどう?涙するときもあるけど、努力が報われる世界。ハッピーエンドの保証された世界。
 それでも虚しいと言うなら、何がその虚しさの理由なんだろうか?VRにはいったい何が欠けているの?

o:意見opinion q:質問question a:解答answer

o:そういう世界に行ってしまったら、帰って来たくなくなっちゃうんだろうな。
o:VRという前提があるから虚しいんであって、楽しさが勝れば気にしないようになるんじゃないかな。

q:達成感がリアリティだとしたら、『トータル・リコール』のように「記憶の移植」ができたらいいんじゃないですか?頑張った記憶があればいいわけでしょ?
「VRだと気づくか」が問題なんじゃない?
a:夢見るのと同じだよね。夢の中ではそのストーリーが当り前。夢の中という気づきもない。
 完全なVRは明晰夢みたいなものなんだと思う。自分で夢のストーリーをコントロールできる感じ。

o.PSVRの体験行ってきたけど、本当に怖かった…!ゾンビが…ゾンビが…って!
q.そんなリアルなんですか?
a.首の動きと連動してるんです。首を引くと画面も引いて…振り返ったらゾンビが!
o.運動との連動は重要ですよね。発車前の電車に乗って、「ようやく動き出したか」と思ったら隣の列車が動き出していたという。視覚情報を媒介にして身体感覚が作動している。

o.あと女子高生に勉強を教えるVRが人気でした。
o.それ人気なんか…だって教えるだけの知識持ってないんでしょ?空っぽじゃない。
o.女子高生がすぐ隣にいる感覚らしいですよ。
 まあ虚構に金払う人は多いですよね。メイド喫茶とか。
o.そういえばツイッターで騒がれたCGの女子高生は凄かったですね。完全に「不気味の谷」を越えてしまっている。
※不気味の谷:ロボットなどが人間に近づくと、「気持ち悪い」と思う局面が訪れる。その局面のこと。しかし、それよりさらに人間へ近づいていくと、その気持ちが消える。

q.理想的な世界に行きたいですか?
a.試しに行ってみたいと思うけど。
a.私は別に興味ないんだよな〜十分今も理想的だし。
a.そりゃすごいね(笑)。
俺は今虚しいけど、別に行きたいと思わない。すべて思い通りになる世界って、「新しさ」がないんだよね。発見がほしい。

o.最初このテーマを見たとき、操船シュミレーターとかそういうのを想定してました。
o.自動車の教習みたいな感じですね。
q.でもあれって「緊張感」が伴わないじゃないですか。どれだけリアルでも死ぬわけじゃないから、そういった意味での緊張感が薄れるんじゃ?
a.でもバイオハザードで驚いてたじゃん(笑)。

q.本物じゃないから虚しいんじゃないですかね?
q.何をもって本物とするのだろう?本物だと確信していたものが、実は偽物だったら?
a.それは偽物と言えるのだろうか(笑)?
q.そこですよね。でも可能性は残り続けるじゃないですか?「この現実は偽物かもしれない」って。
o.『マトリックス』の世界観ね。
a.目の前の現実性差し置いてさ、「偽物かもしれない可能性」を優先する発想って何なの(笑)?論理的可能性に重きを置きすぎている。

o.たとえVRだとしても、感覚や感情はリアルだから別に気にしない。
q.ええ!?本物じゃなくてもいいんですか?驚きだわ…本物じゃないかもしれないから私は虚しいのに。
a.「真理を追い求める」って発想があるから、本物にこだわるんだろうね。まあ気持ちはわかる。偽物のブランド品を本物だと思ってぶら下げているのは虚しいよね。

o.プラトンの「イデア界」の発想ですよ。実は完璧なイデア界というのがあって、それを不完全に写しとられているのが現実界って考えます。無いほうがいいのに戦争がなくならないとか、そういった世界の不条理が存在するのは、現実が欠陥品だから。
o.でもイデア界の方がカスの可能性もあるよね(笑)。本物がカスの論理的可能性も残り続ける。

q.本物が残酷でも、知りたいってことはないですか?彼女が浮気している気がする。聞いたら確定してしまう。けれど知りたい、みたいな。
a.その気持ちはわかるな。けれど、そのときって、疑う手がかりがたくさんあったはずなんだよなぁ。現実が偽物だという手がかりが一つもない。
o.まあ、自分では思わない発想が出てきたとき「これ本物なんじゃないか?」って思いますね(笑)。自分の頭の中じゃ出てこないなって。

o.VRを虚しいと思うのはさ、社会的な印象のせいだと思うよ。現実捨てて幻想の世界に浸る人を、傍から見たら「うわぁ…」ってなる社会性。親に顔向けできないという生き方がそう。
o.虚しくなるのは現実に戻ったときですよね。熱中しているときには思わない。
o.「虚しさ」は一時的な快楽の後に来るのかもしれない。しかも社会的な感情。他の動物にはないのかもしれないですね。

q.「虚しさと幸せは両立できるか?」
a.同時には無理かなぁ。

o.俺はどちらかと言えば、「VRが虚しいか」ということより、「VRをどう活用するか」ということに興味がありますね。
 何の活力もない再生産がない人。そういう人を夢の世界に入れて、臓器ドナーとして使う…倫理的に問題があるけれど。
 現実的な活用法を考えるなら、困難な手術のシュミレーションとか安楽死時に夢を見せるとかですかね。
q.安楽死で使うのはいいかもしれないけど、VRが完璧になる頃には臓器複製の技術も確立してますよ。
a.確かにね。でもさ、経済活動の力は強いよ。VRは間違いなく売れる。だから技術は著しく発展する。臓器は企業じゃ売れないから遅れる。
o.シュミレーターなら軍が金出すかもしれませんね。
o.ヘッドセットつけて人殺す…PTSDの対策になる。
o.今もそうですよ。遠方からボタン一つでロケットです。
(今思えば、VRを用い新たな情動や感覚を作動させることで、PTSDのフラッシュバックを組み変えることもできるかもしれない。)

q.VRの溢れた世界嫌だな〜。
a.これからどんどん社会に浸透していくよ。それこそインターネットのようにインフラ化する。あれだって浸透したの数十年ぐらいでしょう?ポケモンGOもあれだけ人気あったし。
q.でもあれ、AR(背景がカメラ)と草むらの二つのモードがあって、ARはほとんど使われてないみたいです。
a.ポケスポットに行くだけ?じゃあスタンプラリーみたいなものか。

q.結局VRの虚しさって…?
a.このテーマの提案者の疑問って、現実の延長にありますよね。難易度設定のところとか、「現実は困難なもの」という前提がある。現実がすでにして虚しい。もし現実と同じくVR世界でも虚しさを覚えるなら、VRの虚しさと現実との落差は何なのか?いったい何が欠落しているのか?そういうことでしょう。
a.最初のほうで言ってたけど、VRという自覚がなければいいんだろうな。
o.本人が感じるときの虚しさと、他人を見て虚しいと思うときの虚しさは違いますね。体験と客観から語ることはいつもすれ違う。

o.他人に嫌われても、本人が良ければそれでいいんでしょうね。
q.完璧なVRの世界行ってみたいですか?

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人々はそれぞれの価値基準を持っている。楽しいのが一番だという人もいれば、本物が重要という人もいる。
 たとえ時代が移り変わろうとも、「本物」を大切にする人は現れる。写真や録音技術が登場しても芸術が廃れなかったように。VRでスカイダイビングの感覚が得られたとしても、やはり実際に空を飛ぶ人はいるだろう。

手軽に手に入る喜び。娯楽に溢れた社会では、「いかに目に触れやすいか」、「手に取りやすいか」が求められている。時間の余裕もないのだから、そういう傾向にもなる。
 しかし、スポーツや芸術活動は経験がなければわからない。訓練をしてようやく楽しめる世界がある。それらは記憶を移植しても不可能な、「身体」の延長にある世界である。

世の中は、誰かの作品の中で泳ぐだけで満足な人ばかりだろうか?それとも、自分の思い通りになる夢の世界がお好みだろうか?
 私はどちらでもない。新しい世界に触れ、日々自己を変えていく。明日には別の自分であるような人へ。幸せとはとても言い難いが、そういう回路に入ってしまっている。虚しくとも、世界が輝いて見える経験―オートポイエーシス(自己制作)の経験である。
 未だ気持ちに区切りがつかない。虚しい。それでも前に進まなければならないときがある。一つの制作は、そのときの自己に区切りをつける。しかし気持ちに区切りがつかない。虚しさの渦にのまれている。だがなお、進まなければならない。意識は作動の影を追う。良くも悪くも、事態を認知したときにはすでにして手遅れである。だから行為から変えていく。新たな自己へと。

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