27歳で起業、創業6年で売上1,000億円を突破!AIがスタイリストの服のチョイスを支援する「Stitch Fix(SFIX)」の上場申請書(S-1)を読んでみた

「 AIを使って作るPrivate Brandとして、Scrum Venturesの「これからの小売を理解するための20のキーワード」でも紹介されたStitch Fix。2017年10月27日に上場申請書(S-1)を提出したので早速気になる点をまとめてみた。

AIがスタイリストの服のチョイスを支援するStitchFix

女性、男性、キッズ、妊婦、大きなサイズから靴やアクセサリーまで幅広く商品を提供するStitchFix。Pinterestの画像情報や服の好みを伝えると、AIがチョイスした商品をパーソナルスタイリストが5アイテム選んで郵送してくれます。このAIと人が選んだ5アイテムを「Fix」と呼んでいます。郵送サイクルは隔週、毎月、2ヶ月から選べます。気に入れば購入し、気に入らないアイテムは3日以内に返品します。気に入ったアイテムの代金は事前に登録してあるクレカから自動引き落としされ、気に入ったアイテムがない=購入しない場合はStyling Feeとして$20が引き落としされます。5アイテム全て購入すると25%OFFになります。

StitchFixをご存知でない方、SF在住のプロダクトハンター茜さんが体験レポを書いているので、ぜひチェックしてみてください。

リアル店舗型ビジネスが持ちえないユニークな顧客データを保有する

対面型の接客では持ちえない顧客データを数多く保有するStitchFix。顧客データを取得するタイミングとしては、①初回利用時のアンケート ②郵送した5アイテムについてのフィードバックデータ(購入や未購入履歴、価格感応度など) ③①や②を通じて得られる顧客が好む服のAttributeなど詳細データ(サイズ、シルエット、縫い目、ポケットの形、ライフスタイル)。顧客1人当たり85のデータポイントがあり、郵送した85%の商品について顧客のフィードバックデータが継続的に蓄積される仕組みになっている。

ユニークな顧客データを獲得後、下記①~②のようなビジネスサイクルに落とし込んでいる。「ユニークなデータセットをいかに獲得するか」と「ユニークなデータセットから購買予測と相関性の高いアルゴリズムをいかに構築するか」がこのビジネスの肝であることがよくわかります。

①Data that Matters:顧客アンケートから直接データを収集
②Data Science Woven into the Fabric of Stitch Fix: ①で収集したユニークなデータセットをAIアルゴリズムで分析
③Human Judgment applied to Data Science: ②の分析結果をプロのスタイリストが補正、よりパーソナライズされた服のチョイスを顧客へ提供
④Client Loyalty: パーソナライズされた情報提供により顧客ロイヤルティーを向上

ビジネスを加速させる7つのアルゴリズム

先ほどはStitchfixのユニークなデータセットについて語りましたが、このビジネスのもう一つの肝であるアルゴリズムの種類についても説明したいと思います。StitchFixでは75人のデータサイエンティストがアルゴリズムの構築や改善に関わっています。そして、アルゴリズムは下記7つから構成されています。

①Styling Algorithm
1つ目のアルゴリズムは、商品のAttribute(サイズ、テイスト、シルエット、縫い目、ポケットの形など)レベルで顧客の嗜好性を把握し、販売可能な商品在庫データとマッチングするStyling Algorithm。5アイテム= Fixについてはアルゴリズムでアイテム毎に「顧客の購入確率」を事前にスコアリング付与し(下図参照)、購入や未購入のフィードバックによりアルゴリズムを補正している。

②New Style Development
2つ目は、顧客がまだ気づいていない/まだ満たされていないニーズを発見するアルゴリズム。満たされていない特定ニーズを発見すると、アルゴリズムがニーズに対して適切な商品をマッチングさせる。また、700以上のブランドからアルゴリズムが人気のある商品のAttributesを要素分解して、人気のあるAttributesを組み合わせて、”Exclusive Brands”というPrivate Brandとして販売している。データを駆使して、季節毎に売れるAttributesパーツを組み合わせたヒット商品を作ることに繋げることができそうですね。

③Stylist Algorithm
3つ目は、顧客の服のテイストやスタイルに合ったスタイリストをマッチングさせるアルゴリズム。3,400名以上のスタイリストの中から、テイストやスタイル以外にも顧客とスタイリストの地理的な近さなど人口統計的な属性からマッチングさせている。

④Demand Forecast
4つ目は、顧客の嗜好性、ライフスタイル(ドレスなどを着る頻度)、ライフステージから商品カテゴリー、商品タイプ、商品スタイル、ブランドなどの需要予測をすることで、商品の適正在庫や過不足なくスタイリストを維持することを可能にするアルゴリズム。

⑤Merchandise Optimization
USの小売は在庫を購入&仕入れ、年間を通じて割引セールを実施する。StitchFixは正確な需要予測に基づき、仕入れが的確で在庫量が適正化されているので、割引セールを実施する必要がない。どんな商品アイテムをどのサイズでどのくらい仕入れるべきかを5つ目のアルゴリズムが導いてくれる。

⑥Fulfillment Center Assignment
6つ目のアルゴリズムは、顧客の居住地やニーズを予測し、どんな商品アイテムをどのフルフィルメントセンターへ納入すべきかをリアルタイムに判断できることで、顧客への郵送距離に応じ在庫をカリフォルニア、アリゾナ、テキサス、ペンリルバニア、インディアナの5つの州のセンターに分散することができ、商品を早く安く配達することを可能にする。

⑦Pick Path Optimization
最後のアルゴリズムはフルフィルメントセンター内オペを最適化する。フルフィルメントセンター内の、商品を納入→検品→ストッキング→ピッキング→梱包→配送のプロセスを最適化する。また、基本的に商品がリターンされることを前提としたZapposの様なビジネスモデルなのでリバースロジスティックスが組まれている。

FY2017の売上は$977Mn(1,100億円)に到達!

ユニークなデータとアルゴリズムを持つStitchFixの創業は2011年。創業から6年で$43.5Mnを調達。2014年に$25Mnを調達してから一度も資金調達せずに、FY2017の売上が1,000億円に到達しているのは驚き! FY2014年の売上$73MnからFY2015 $343Mn(4.7x) → FY2016 $730Mn(10x)と急成長し、FY2017の売上は$977Mnと、3年前から実に13.3xも売上が膨れ上がっている。この3年で粗利率も44%まで改善している。

QoQの売上成長率は一桁台

2016年10月末に$236Mnに調達してから、売上成長率は鈍化傾向にあるが、直近2Qは1%から3%、3%から5%と売上成長が改善傾向にある。

粗利に対してのSGA比率は100%

通常スタートアップが上場する際の上場目論見書では、Selling and Marketing(販促費)とGeneral Administration(一般管理)の項目が分かれて記載されているのが一般的ですが、StitchFixは「Selling and General Administration」と合算されているため、純粋に粗利益に対しての販促費がどのくらい投下されているか?わかりません。直近3Qは粗利の96–100%をSGAに費やしていることがわかります。

有料顧客数は累計219万人だが、新規顧客獲得数は鈍化傾向にあり

直近3Qでは稼いだ粗利のほぼ100%をSGAに打ち込んでいるStitchFixですが、2016年4月末の22.7万人の新規顧客獲得数をピークに、直近Qは12万人まで新規獲得が落ち込んでいる。

新規で利用開始したユーザの最初2年間の売上は$639!

下の図は、最初にFix(5アイテム)を郵送された時点から最初の2年間でいくらユーザが購入しているかを表しています。2014年にStitchFixを利用開始たユーザは最初の2年間で平均$639購入、2015年のCohortユーザは$718分購入していることになります。新しいCohortに対しての単価アップに成功していることが言えそうです。

2014年のCohortユーザの売上は$435、2015年は$506、FY2016は$489。

先ほどは利用開始から2年の売上でしたが、下の図は最初の1年間での購入金額を表しています。2014年にStitchFixを利用開始たユーザは最初の1年間で平均$435購入、2015年のCohortユーザは$506、2016年は$489分購入していることになります。2014年のユーザは最初の1年間で$435、2年目には$204($639-$435)をお買い上げ。2015年のユーザは2年目に、$212($718-$506)をお買い上げしています。こうして見ると、利用開始初年度は$435~$506前後購入し、2年目は$200前後の購入と、1年に比べて2年目に買う額は半分くらいになる=購買意欲が下がることがわかります。

FY2016の上半期ユーザの売上は$335、FY2017の上半期は$367。

上の図に2016年に利用開始したCohortユーザの初年度の売上は$489というデータがありました。下の図によると、FY2016年に利用開始したユーザの最初の半年間の購入金額は$335なので、次の半年で$154($489–335)購入していることがわかります。このことから、最初の6ヶ月で$335購入しており最も購入意欲が高く、次の半年は$154しか購入していないため、利用開始半年以降から一気に購入金額が減っていくのがわかりますね。

有料顧客を1人獲得する際のコストであるCAC(Cost of Acquisition)はS-1に記載がありませんでしたが、利用開始から9ヶ月のリテンション率は25%とありました。このことから、有料顧客獲得から最初の6ヶ月でいかに売ってLTVを最初の6ヶ月で高めるるかが、Payback Periodを短くする肝になりそうですね。

CEOのKatrina Lakeは日本人を母に持つ日系2世、27歳で初めての起業

コンサルティングやVC出身のKatrinaがStitchFixを起業したのは、Harvard Business Schoolに在学中の27歳。創業当初は趣味レベルのファッションサイトで立ち上げ、MVPを検証していた。創業当時はアルゴリズムなどは構築しておらず、SurveyMonkey(というアンケートツール)でユーザの好みをヒアリングをして、アパレル企業の購買担当だった姉の力を借りて、アパレルをユーザ宅へ郵送し、$20の小切手を受け取る手弁当のビジネスだった。このビジネスモデルに興味を持ったのが、Netflixの偉大なるCEO Reed Hastingsの下で当時VP of Data ScienceをしていたEric Colsonだった。元々KatrinaはStitchFixのAdvisorになるようEricに依頼していたが、EricはNetflixでの名誉を捨てて、この創業2年目のスタートアップにChief Algorithm Officerとして転職してしまった!

“27歳で起業、京都出身の母親を持つKatrina Lake(Bizjournals.comより)”

Colsonの参加から、データドリブンなStitchFixのビジネスモデルが確立されていった。顧客の体型データ、好みのパターン、アイテムのキープ率や返品率など様々なデータを蓄積し、正確な需要予測モデルを構築していった。このモデルを人間のスタイリストに補正させ、現在のビジネスを成立させた。

Baseline VenturesのSteve Andersonが法人筆頭株主

日本では馴染みがないかもしれないが、法人筆頭はBaseline Ventures(Seedをリードした)で28.1%保有。Benchmark(Series BとCをリード)が25.6%、Lightspeed(Series A)が11.8%。また、創業メンバーであるCEOのKatrina Lakeが16.6%が保有している。

Baseline Venturesをご存知の方は少ないかもしれませんが、2006年SFで創業した進気鋭のSeed系VCで、Solo GPのSteve Andersonはベンチャーキャピタリストの名誉でもあるMidas ListのTop10の常連。KPCB時代に出資したHeroku(Salesforceに買収)やInstagramの最初の投資家として名を轟かせている。

Benchmarkはアメリカで3本の指に入ると言われる投資家Bill Gurleyが出資&Boardメンバーに参画している。UberのSeries Aをリードし、最近まで取締役をしていたのがBillでした。

上場時のMarket Capは、$3Bn(3,300億円)の報道

2017年初のIPO時のMarket Capが$3Bn(3,300億円)超えのTech系スタートアップになるの? Amazonが「Amazon Prime Wardrobe」、Nordtromが買収した「Trunk Club」も同様のサービスを提供する中で、今後どのようにAmazonなど競合と戦っていくのか? IPO時のMarket Capが$3Bnと想定すると、Katrinaは34歳にして資産$480Mn(500億円)以上手にするわけですが、今後Katrinaなどのような人生を歩むのか? 今後も目が離せないスタートアップになりそうです。

Fin

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蓮沼 貴裕(Takahiro Hasunuma)

Monoful Venture Partners←コマツ←リクルートI 投資先は、Shipbob、Vesta Healthcare、Blacklane、Fishbrain、Dispatch(VEP)、Brickworks (b8ta)