Unileverが1,000億円で買収した髭剃りスタートアップ、Dollar Shave Clubの分析
Snapchat、Tinder、eHarmony、The Honest Company、Oculus VR…これらスタートアップの共通点は? コンシュマー向けに製品サービスを提供しているのみならず、本社がLAにあることだ。そんな大躍進を遂げているLAのスタートアップシーンに、2016年7月驚きのニュースが舞い込んだ。Veniceに本社を構えるDollar Shave Club(DSC)がCPGの大手Unileverに$1Bn(約1,000億円)で買収されたのだ。Dollar Shave Club、実は替え刃は自社製ではなく、韓国のDorco社製を輸入して販売している。Cosctoで大量購入したGilletteの替え刃が無くなったので、早速DollarでDorcoの髭剃りを新調、ユーザ観点でいろいろ調べてみた。
このブログでカバーしたいのは:
1 Digital to Consumer(D2C)とは?
2 Dollar Shave Club(DSC)とは?
3 DSCの売上推移(2012–2016)
4 髭剃り市場の規模や業界シェア
5 DSCの分析
5–1 D2CなどConsumer向けスタートアップが成功する条件
5–2 制作費$4,500で2,400万回以上再生されたYoutubeプロモ動画
5–3 DSCのエンゲージメント&コンテンツ戦略
6 おまけ
1. Digital to Consumer(D2C)とは?
Scrum VenturesのTak Miyataさんのブログで詳細は確認して欲しいが、「自らがメーカーであり、自社で企画、製造した商品を自社のECサイトで販売する」Direct-to-Consumer=D2Cモデルがこの5年くらい勃興している。パッと思いつくだけでも下記の通り。中でも、創業から4年で$1BnのExitに至ったDollar Shave ClubはD2Cの親分と言えるだろう。
Away: スーツケース
Bevel: アフリカ系アメリカ人用髭剃り
Bonobos:メンズアパレル
Casper: マットレス
Eloquiii: ぽっちゃり型コマース
Flex: 女性用コンドーム
Harry’s: 髭剃り
Honest Company: オーガニック商品
Lola: 生理用タンポン
ThirdLove: ブラ
Warby Parker: メガネ
2. Dollar Shave Club(DSC)とは?
Dollar=1ドルで、Shave=髭が剃れる、Club=会員制サービス こと、Dollar Shave Club=髭剃り定期購入サービスは話題を呼び、2012年の創業から4年で売上$200Mn(220億円)、会員数も320万人までに成長。アメリカの10〜20代に絶大な人気を誇るスポーツ週刊誌Sports Illustrated。そのDigital Marketing部門のDirectorを務めたこともあるMichael DubinとProduct DevelopmentのベテランMark Levineが2012年に共同創業した。
3. 売上推移
創業年(2012)の売上は$7Mn、2016年まで年2.5倍成長し、2016年の売上は$240Mn(想定)。今後、P&GがAnnual Reportで髭剃り/DSCの売上を開示してくれるのかが気になりますね。
髭剃り業界の歴史を辿ると、1901年にGillette創業、1926年にSchickが参入、2003年EdgewellがPfizerからSchickを買収、2005年P&GによるGilletteの買収が完了、現在P&G(Gillette)とEdgewell(Schick)による寡占市場。
そんな寡占市場に新規参入したDollar Shave Club、Harry’s、Bevelなど髭剃り新興勢力。Gillette FusionやSchick Hydroなどロングセラー商品が君臨し続ける市場で、どのように攻め込んできたのか? 市場についても少し見てみたいと思います。
4. 髭剃り市場の規模と業界シェアは?
髭剃り市場には、
①Blades and Razors(髭剃り、替え刃)
②Appliance(Braunなど電動)
③Shaving Cream
と3つのサブ市場があります。
業界TopのP&Gを例にとると、
①Blades and Razors市場:女性用Venus、男性用FusionやMach3を投入
②Appliance市場:電動髭剃りのBraun
③Shaving Cream市場:Gillette Cream
髭剃りの①〜③の各市場に満遍なく商品を提供している。
髭剃り市場ではP&G(Gillette)とEdgewell(Schick)の一騎打ちの形相だが、グローバル市場で消費財のCPG最大手といえば「P&G」と「Unilever」の2社だ。今回UnileverのAnnual Reportを調べて驚いたのは、Axe、Dove、Luxなど1,000億円以上を売上げる日本でもお馴染みの看板商品をいくつも抱えるにも関わらず、Unileverは髭剃り市場に参入していないことだ。今回のDollar Shave Clubの買収で髭剃り業界に新規参入したUnileverがどれだけ髭剃り市場に切り込むのか? Dollar Shave Clubを日本の店頭で見かける日も近いかもしれない。
DSCの概要、髭剃り市場の規模や業界シェアがざっくりとわかったところで、DSCが急成長した要因について考えてみたい。
5. Dollar Shave Clubの分析
Dollar Shave Clubという個社の話をする前に、そもそもどのようなスタートアップや業界であればDigital-to-Consumerが成功しやすいのか? その業界の特徴を、Dollar Shave ClubのSeries AとSeries BラウンドのリードVCでもあるVenrockのDavid Pakmanが「Consumer向けスタートアップに投資する際の6つの条件」としてまとめているので参考にしたい。
🌟 5–1. D2CなどConsumer向けスタートアップが成功する条件・環境は?
- 粗利が高く差別化できるプロダクトを提供
Amazonが進出しやすいプロダクトカテゴリーを”Amazoned”されやすいとUSでは呼んだりします。Amazonが低価格で参入したら普通のスタートアップなど吹っ飛んでしまいますね。粗利が高く、Amazonが進出しにくいカテゴリーを選ぶこと。 - Zero-Sum市場であること
Dollar Shave Clubで髭剃りを購入したら、Gilletteなど他社の髭剃りは買わない。1つの製品と結婚したら、消費者が他の製品に浮気しないカテゴリーを選ぶこと。アパレルの場合は、消費者はユニクロ、GAPなどブランドを併用して購入するのでZero-Sumにはならないので投資が難しくなる。 - 現職プレイヤーが小売のみで販売し、顧客と直接関係を持たない業界
例えば、スーツケース業界。Samsonite/American Tourists/Tumiなど、通常百貨店や東急ハンズなど小売チャネルのみで販売されている。中間業者経由で販売されるケースが多いため、顧客のデータ(個人情報、購入商品・単価・頻度、嗜好性など)を持つメーカーは非常に少ないだろう。 - 競合プレイヤーがTV・ラジオ広告に依存している業界
前述したが、P&GとEdgewellは髭剃り市場のみで1,000億円以上の広告費を毎年投下している。一方、Dollar Shave Clubは制作費50万円のYoutubeプロモ動画で対抗した。ソーシャルメディアなどオンラインチャネルでバイラルが効いた時に、そのインパクトが大きい業界であるとスタートアップでも攻め込めるチャンスが多いということだろう。 - 競合プレイヤーのCEOが創業者でなく、プロ経営者の業界
プロ経営者は既存ビジネスの売上毀損を避け、新しいビジネスモデルを適用するのが遅くなる傾向がある。全米でDVDのレンタルチェーンを展開していたガリバーBlockbusterが倒産に追いこんだNetflixの例はまさにこれにあたると思う。過去をみて守りの経営をするCEO(Blockbuster)と未来のビジョンの達成に向けて経営するスタートアップの創業者ではビジネスを変革するスピード感が違う。Google、Amazon、Salesforceがスタートアップに足元をすくわれないのも、このことが大きいと思う。 - 顧客データが直接獲得でき、MLよって長期改善が見込めるプロダクト
上記3との掛け合わせだが、Gilletteは小売経由で販売しているため、消費者のデータは直接持たない。一方、Dollar Shave Clubは、名前、メアド、オンライン上の行動履歴、購入商品・単価・頻度、退会率など様々なデータを獲得している。DollarShaveClub.com上で私がCreamの商品をクリックしたら、Creamの商品をDirect MailやFacebookアドなどあらゆる手段で訴求してくるだろう。定期購入をやめたら、競合製品に乗り換えたことをいち早く察知するだろう。どれもGilletteではできないことだ。
そもそもどのようなスタートアップや業界であればDigital-to-Consumerが成功しやすいのか?を少し理解できたので、Dollar Shave Clubの急成長した要因を考えてみたい。
⭐️5–2. 2,400万回以上再生されたYoutubeのプロモ動画
前述のDavid Pakmanの条件に当てはめると
3. GilletteやSchickは小売チャネルのみで販売
4. GilletteやSchickはTV広告を多用
GilletteなどEstablishedなIncumbentプレイヤーは旧態依然のやり方に慣れており、新規参入者がソーシャルメディアを活用する隙がありそうな業界だとわかる。2000年以降に生まれたミレニアル世代にとって、髭を剃った後の爽快感や替え刃の数(2020年には10枚刃まで行きそうな勢い)を訴求するのみのP&GやSchickの変わり映えのしないTV広告やそのメッセージに新鮮さは全くなかっただろう。
そんな髭剃り業界に、風穴を開けたのがこのプロモ動画。動画公開から2日で12,000人がこの90秒の動画を通じてDSCの髭剃りを購入するに至った。動画の中でどんなメッセージングをしているのか? いくつかメッセージを抜粋し感じたことを書いてみたい。
“I’m Mike, founder of DollarShaveClub.com. What is DollarShaveClub.com? Well, for a dollar a month we send high quality razors right to your door. Yeah! A dollar! Are the blades any good? No, our blades are fucking great.”
Gilletteのドル箱商品のFusionは髭剃りハンドル+刃1枚で小売で$14で販売されている。一般的に髭剃りハンドル+替え刃で$15くらいの感覚のものを、DSCは”A Dollar!($1)”にする!というのだから、そのインパク知は大きい。
なぜ、髭剃り業界に低価格で勝負する新規参入が今まで出てこなかったのか? それは業界Top2社のGilletteとSchickが年間1,000億円の広告費を使い、小売の棚を確保するために莫大な棚代=販売奨励金として小売に払ってきたことが大きいと思う。棚を抑えることで、小売店舗で新規参入者の新商品が消費者の目に留まることを排除してきた。そんな小売の棚を金で抑えているP&GやEdgewellに対抗して、小売ではなくYoutubeという低価格でオーディエンスを獲得できるオンラインチャネルをDSCは採用。
”Are the blades any good? No, our bladers are fucking great!”とF-Wordも使いながら”価格は超安い&刃の質は業界水準だ!”と冒頭20秒でシンプル&強烈に訴えかけている。放送コード的に、P&GやShickがこのメッセージをTV広告で使用することはNGだろう。
“Each razor has stainless steel blades and [an] aloe vera lubricating strip and a pivot head so gentle a toddler could use it. And do you like spending $20/month on brand name razors? $19 go to Roger Federer! I’m good at tennis. And do you think your razor needs a vibrating handle, a flashlight, a back-scratcher, and ten blades? Your handsome-ass grandfather had one blade AND polio. Looking good Pop-pop!”
そして、競合の価格についてさらに追い討ちをかける。
”ブランド(Gillette)の髭剃りに月$20も費やすのがお前は好きなのか? その$20の内の$19はRoger Federer(Gillette Fusionの広告塔)に行ってるぜ!vibrating handle(グルグル回るハンドル)やten blades(10枚刃)が必要なのか? お前のハンサムなじいちゃんの時代は1枚刃だったよな(なぜ、無駄に刃の数が増えているか考えたことがあるか?Gilletteが値上げしたいからだよ!)”
と、必要以上な機能で価格を吊り上げてきたり業界トップを痛烈批判。
“Stop paying for shave tech you don’t need and stop forgetting to pay for your blades every month — Alejandro and I are gonna’ ship them right to ya’….So stop forgetting to buy your blades every month and start deciding where you’re gonna’ stack all those dollar bills am saving you.We’re Dollarshaveclub.com and the party is on.”
“無駄な機能満載の髭剃りを買うのを辞めて…賢い金の使い方をしよう! 俺たちはDollar Shave Club.com、そして、Partyはもう始まってるぜ(お前も一緒の舟に乗ろうぜ!)”
・既存の小売チャネルに対して動画チャネル
・業界トップができないメッセージング
・業界トップの批判
など、動画チャネルの特性を生かし、強烈な批判で訴求しバイラルさせたことが2400万回の再生、短期間の急成長に至った要因の1つだと思う。
そして、2つ目の成長要因は、ユーザアクションに基づいたエンゲージメント&コンテンツ施策だと思う。
⭐️5–3. ユーザアクションに基づいたエンゲージメント&コンテンツ施策
Iterableというユーザエンゲージメントを分析するスタートアップが、DSCのエンゲージメント施策を時系列に分析している(上図) これによると:
デバイス:PC(Deskstop)、Mobile
チャネル:Facebook、Twitter、Instagram、YouTube
メッセージ種類:Blast、Triggered、Transactional、Push Notification
デバイスやチャネル毎に最適なメッセージを訴求しているのがわかる。実際に、私に届いたコンテンツをここでは紹介したいと思う。
定期購入の「更新時」の事前通知
私の定期購入の更新日は毎月12日だが、更新の5日くらい前に「 YOUR NEXT BOX: 1 item ships on 3/12. See Box」という通知が届く。 このSeeBoxをクリックし、もし替え刃が余っている場合は、今月の購入をスキップし定期購入の期間を容易に変更することができる。今でも「わざと」登録内容の変更や退会を分かりづらくするサービスがあるが、DSCは非常にスムーズ。この紳士的な対応、かつ、デジタル経験の高さが今のミレニアル層に受けている理由だろう。
アップセル商品の紹介
髭剃りだけではなく、ライフスタイルブランドを標榜するDSC。髭剃りだけではなく、男性用ヘアワックスやジェル、お尻拭きなども販売している。Totoのウォシュレットが普及していないUSにおいて、お尻拭きなど小売で買いづらいものを売ってくるあたり、さすが。
友達の紹介戦略(Referral)
Uber、Lyftなど最近のサービスは全てそうだが、友達を紹介して友達が入会したら$5のクレジットがもらえる。髭が生え続ける限りは一生付き合うことになる髭剃り。$5で獲得したユーザのLife Time Valueは相当高いことが想定される。
6. おまけ
Dollar Shave Clubに対して、反撃の狼煙をあげたGillette! 2015年6月に”Gillette Shave Club”をロンチ。本日時点で下記動画再生数は100万回と、DSCの1/24以下。髭剃りのオンライン定期購入に関してはDollar Shave Club、Gillette、Harry’s、Bevelの戦い。オフラインの小売に関しては、Dollar Shave Clubを買収したUnileverが小売に参入するのかが気になるところ。今後も人類の髭を争う熱い戦いから目が離せない!
Fin