創業5年で売上390億円に達した、マットレスD2C「Casper」の上場申請書(S-1)を読んでみた

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2017年に、Casperの大先輩である髭剃りD2CのDollar Shave Club(以後、DSC)の記事を書きました。その際、DSCを成功に導いた著名VC VenrockのDavid Pakman氏の「Consumer向けスタートアップに投資する際の6つの条件」を取り上げました。

Casperの場合、その6つの条件の内、「Zero-Sum市場であり」「競合が旧態依然のメディアで広告をしていて」「主要な競合が小売店舗のみで販売し、顧客と直接関係(顧客データ)を持たず」「(顧客からのFeedbackデータをベースに)Machine Learningによって長期改善が見込めるプロダクト」と、実に4つの条件が当てはまる。

髭剃りがD2Cと相性の良さそうな「低単価高購入頻度」の商品カテゴリであるのに対し、マットレスは「高単価低頻度」でありD2Cとの相性に懐疑的な投資家も当時は多かった。そんな中、D2Cにより、サプライチェーンを垂直統合→中間業者を排除→強いブランドを構築しサービスを提供。創業5年で上場まで辿り着いたCasperが、どんな収益モデルで、どのくらい売上が現在あるのか?今回は「Capser」のS-1を読み解きたいと思います。

1.Casperとは
2.財務: 売上・粗利の推移
3.マットレス市場・競争環境
4.事業・商品戦略
5.おまけ

1.Casperとは

2014年創業。創業当時、高単価で消費者の購入頻度が低いマットレスはECと相性が悪いと考えられており、創業当時多くの投資家が出資を見送った。そんな投資家を嘲笑うように、Casperは創業初月で売上$1Mn創業10ヶ月で売上$20Mnを達成、ここからCasperの快進撃が始まった。

SeedでLerer Hippeau、Series AでNEA、Series BでIVP、Series Cで小売大手Target(当初はCasperを$1Bnで買収しようとしていた)がリードし、各ラウンドで著名なVCや事業会社を招き入れ、順調に事業成長したCasperの財務をここからは見ていきたいと思います。

2. 財務: 売上・粗利の推移

創業5年で累計顧客数は140万人を突破、欧米7ヶ国で事業展開し、オンラインのみならず、60の実店舗で販売されるCasper。

売上は$161.9Mn(2016)→$250.9Mn(2017)→$357.9Mn(2017) とCAGR: 45.5%で成長している。

粗利率は、43%(2016)→47%(2017)→44%(2018)とFY2018に44%と3ポイント悪化したのが気になるが、

FY2019に改善の兆しが見られ、直近2019/9eでは51%まで改善している。

上場企業の粗利率と比較すると、業界最大手Tempurは売上$2,703Mnで粗利率41%、Sleep Numberは売上$1,531Mnで粗利率61%なので、Casperの粗利率51%は業界水準に達していますが、まだまだ改善の余地がありそうです。

3.マットレス市場・競争環境

マットレスといえば、北米では百貨店、Wal-MartやTagetの様な小売や寝具専門店などオフラインのチャネルで販売されることが一般的でした。販売者側の負担コストは大きく、一方で消費者の購入頻度は低いため、様々な無駄なコストが販売価格に転嫁されている前頭筆頭的な商品かと思います。また、消費者の購入体験が半世紀くらい変わってない代表的な商品カテゴリーかもしれません。

マットレス市場は現在「既存レガシ型 vs 新規D2C型」がしのぎを削る競争環境になっています。

既存レガシー型は、Tempur、Simmons、SleepNumberの大手寝具メーカ3社です。日本でもお馴染みのTempurは、元々はNASA向けに開発された商品でしたが、1991年に一般向けに販売開始した商品で急成長した、寝具メーカの中では割と最近できた企業です。1881年創業の老舗Sealyを2012年に買収して事業拡大しました。人生を変えるベッドでお馴染みのSerta&Simmonsも既存レガシーに分類されますが、2018年にD2CスタートアップTuft&Needleを買収してデジタル化を推し進めています。

既存レガシーに対して、2018にNASDAQへ上場したPurple Innovation、Casper、Khoslaが投資した8、Leesa、英SimbaなどのD2Cスタートアップが列をなして追随するレッドオーシャンな市場です。。

現在、Casperは枕やシーツなどの関連商品、ベッドサイドの家具家電市場にも展開しているため、競合は自社ブランドを保有するWal-MartやBed Bath & Beyond、 家具のIKEAやPottery BarnやWest Elm、家具ECのWayfair.com、ECのAmazonなど多岐にわたります。

特に、小売大手やEC大手とは「左で握手しながら右手で殴りあう」熾烈な競争を繰り広げています。2018年小売最大手Walmartが寝具マットレスのD2Cブランド”Allswell”をロンチすると、それに対して、Casperをオンライン販売するEC最大手Amazonは、2019年にAmazonBasicsで自社マットレスを販売開始しました。AmazonとWalmartの小売大手の新旧対決、D2Cプレイヤが勃興する中、マットレス専門小売の最大手Mattress Firmが2018年に倒産したことが、業界構造変化の真っ只中にある業界の激しさを物語っています。

Tempurの決算報告書にも販売チャネルを”Direct”と”Wholesale(小売店舗)”で大別して報告されており、既存レガシも顧客に対して”Direct”に販売する重要性や販売の効率性を投資家に求められていることがわかります。

“November 2019 Investor Presentationより”

4.事業・商品戦略

競争が激しくなってきたマットレス市場において、Casperがどのような成長の軌跡を描いて来たか、Casperの年表を見ながら、事業や商品戦略の仮説を考えてみたいと思います。

マットレス市場は「高単価低頻度購入」で「オフライン=店舗で消費者は購入すること」が市場特性です。そんなCasper創業当時の戦略は、多分こうなっていたはずです。

A.既存レガシーと同等以上の粗利率/Unit Economicsの実現
B.既存レガシーがなしえない、アップセル戦略→LTV(生涯売上)の獲得
C.更なる市場での顧客獲得 (オフライン)

年表からも、ABCの戦略を推進してきたのが伺えますので、妄想してみたいと思います。

A.既存レガシーと同等以上の粗利率/Unit Economicsの実現

業界最大手Tempurの粗利率が41%なので、Casperが創業した2014年当時も粗利率の最低ベンチマークは40%台だったことが想定できます。投資家も中間業者がはびこる旧態依然の無駄が多い業界ですから、当然Casperには既存レガシより高い粗利率を期待するでしょう。

粗利を改善するには、①売上を上げる ②コストを下げる の2つがあります。ここでは②のコストを下げる に焦点を絞って書きたいと思います。

コストを下げるために、マットレスメーカの売上原価に何が含まれるのか? をCasperのS-1で調べてみると、主な売上原価は下記でした。

1.Packaging and Component Cost
2.Freight
3.Warehousing and Fulfillment Cost
4.Excess and obsolete inventory write-downs
5.Duty
6.Non-Refundable Taxes incurred in delivering goods to customers and distribution center
7.Damages

マットレスの製造コストが売上原価の大部分を占めると思います。
(Dollar Shave Clubもそうでしたが) 創業間もないスタートアップが業界水準のマットレスを自社製造するのは難しいかと思います。そこで、Casperが目をつけたのは、マットレスの売上原価構成で1の次に大きい「2–3のフルフィルメント関連コスト」の原価だったことが想定できます。

そして、「2–3のフルフィルメント関連コスト」の低減に最も寄与したのは、マットレスの梱包サイズやデザインの常識を覆した「オリジナル梱包Box」の開発だったかと思います。特許を見ると、マットレスを圧縮ロール梱包自体は2000年台前半からある技術でしたが、D2Cというビジネスモデルと組み合わせて最初に普及させたのがCasperでした。

従来のマットレス配送(下左図)が2人がかりだったのに対して、(下右図)1人での配送を可能にしたことで、フルフィルメント関連コスト(倉庫保管、梱包、発送&配送)」を従来レガシメーカより低減できたことがコスト競争力に繋がったかと思います。

また、配送担当者や消費者自身が「1人で」担いでアパートの階段を登って、ドアまで配送できるようになったことも、マットレスを無事に家まで搬入するという消費者の心理的ハードルを下げる一助になったかと思います。開梱に関しても紹介動画で消費者の不安を取り除いていますね。また、IDEO出身者が共同創業者におり、梱包Boxのデザインがミレニアル世代に受け入れられたことも、業界でも高いNPSスコア(60)にも貢献していそうですね。

B.既存レガシーがなしえない、アップセル戦略→LTV(生涯売上)の獲得

年表を見ていて少し驚いたのが、マットレス以外の寝具商品のリリースの早さでした。創業から2年後の2016年には「枕とシーツ」をリリースしています。マットレスのみ販売時のビジネスモデルや収益モデルが早期に完成した? 創業2年にして将来的な収益モデルの見通しがついた? 限界が見えた? が背景にあったと思います。

マットレスの買い替え期間は7年以上です。髭剃りD2CのDollar Shave Clubの紹介記事でも書きましたが、「主要競合が小売のみで販売し、顧客と直接関係を持たない」市場というのは、メーカが購入者の購入履歴データはほとんど持ち合わせていないですし、購入者の購買履歴に応じてOne-to-Oneマーケティングをするのも難しい状況です。

他方、Casperは1人の顧客に「マットレスだけではなく、商品をクロスセル販売できるか」「初回購入者に2回、3回とリピート販売できるか」と一人の顧客を獲得(Land)したらアップセル商品を販売(Expand)できるかという、Land&Expandを忠実に「Consumer Feedback Loopにて仮説検証」を繰り返してきたと思います。S-1には詳細の記載はないですが、オンラインやオフラインのデータポイントからデータ獲得→蓄積→分析→リマーケに活用することで、既存レガシよりアップセル機会を掴み取り、高いLTV(生涯売上)が実現できたことが、IPOを迎えるに至ったのだと思います。

現在では、寝室の家具、羽毛布団、ベッドサイドランプまで27の関連商品を販売するCasper。S-1によると、1ドルをマーケティングに投下すると、3ドルの売上が上がると記載があります。また、創業から2019年9月30日までに、16%の顧客が初回購入後に他の商品を購入リピートしており、直近では14%の顧客が初回購入から1年以内にマットレス以外の商品含めてリピート購入しています。平均注文単価(AOV)は、$583(2017)→ $686(2018)→$710(2019 Q3)と継続的に向上している中で、関連商品の抱き合わせやリピート購入で、低頻度購入の寝具顧客に、どれだけ長い間関係性を保ちながら、LTVを拡大させることができるかが、今後も注目したいと思います。

C.更なる市場での顧客獲得 (オフライン)

北米市場の規模が$15Bnですが、EC化比率は2割もいないでしょうから、対象とする市場を拡大するには「オフライン=店舗小売」に進出し成功する必要があったかと思います。D2C=オンライン発のビジネスモデルが、オフライン(小売店舗)でも成立するか? を常に考えてきたと思います。

小売店舗も創業から間もない2015年にテスト店舗をLAにオープン、2017年にはSFやNYに本格的に進出し、現在ではカナダ最大小売Hudson’s Bay、Costco、Targetなど北米60店舗で販売しています。

従来の寝具小売では、下左図の様にベットがでーんと陳列されているかと思いますが、(下左図のディスプレイを通じて)Casperのブランドイメージが小売店舗を通じてどれだけ浸透するかを検証してきたかと思います。

S-1によると、開店から1年以上経過した小売店舗ではfour-wall profitで利益が出ており、Sqft当たりの売上は$1,600ほど。開店からの投資回収期間は18–24ヶ月。店舗での平均単価は、$437(2017)→$720(2018)→$820(2019) と改善しています。上記は「開店から1年以上経過した店舗」がサンプルのデータなので、開店から1年未満に閉鎖された店舗のデータは含まれていません。今後、どれだけ店舗展開の白地があるのか気になるところではありますね。。。

5.おまけ

今でこそ、D2Cマットレスの先駆けとなったCasper Sleep Inc.ですが、創業当時の登記は「Providence Mattress Company」でされていたようです。CasperではなくProvidence!なら、ここまでミレニアル世代に受けられてなかったでしょうね。。。社名/ブランド名って大事。

Fin

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蓮沼 貴裕(Takahiro Hasunuma)

Monoful Venture Partners←コマツ←リクルートI 投資先は、Shipbob、Vesta Healthcare、Blacklane、Fishbrain、Dispatch(VEP)、Brickworks (b8ta)