イスラム教徒の服装に見る女性の尊厳とは

先日、中東のドーハからロンドンへ向かう飛行機の中で、イスラム教徒の女性(ムスリマ)と出会いました。彼女は全身を真っ黒なベールで覆い、目と手だけを露出した「ニカブ」という服装をしていました。日本でも、頭をスカーフで覆った「ヒジャブ」の女性を見ることが珍しくありませんが、「ニカブ」の女性を間近に見たのはこの時が初めてでした。

私が驚いたのは、そのムスリマの美しさ。彫りの深い目にはクレオパトラのような美しいアイメイク、ベールに隠された高い鼻筋、布に控えめに施された黒いレースの刺繍・・・神秘的で妖艶で、きっと超絶美人に違いないと確信し、できることならその素顔を拝見したいと一人ドキドキしていました。そばには、3人の幼い子供と夫がいて、こちらはいたって普通の服装です。この美しい女性の素顔が見られるのは、この男性(と家族)だけなのだと思ったら、女性の私でも、夫が感じたであろう優越感を想像できたのでした。

ムスリマの服装には、もちろん神聖かつ清廉な理由があるのだと思います。それでも、その原点は男性の征服欲や優越感を満たすための「女性の所有化」 にあると感じたのです。(砂漠地帯など、気候を理由としたケースもありますが、その場合は男性も全身を覆うような服装をしています。)

ブルカ禁止法は、イスラム女性の自由を奪う

フランスでは、2011年に「ブルカ禁止法」が制定されました。その背景には、私が感じたような「女性の尊厳が奪われている」ことへの危機感があるものと思われます。仏政府は、「思想信条の自由」よりも、「女性の自由と尊厳」を守ることを重視したのです。

しかし、ブルカを禁止することで女性の尊厳が守られるかについては、疑問があります。公共の場における着用が認められなければ、敬虔なムスリマは外に出られなくなり、尊厳を守るどころか、ますます家庭に閉じ込められてしまいます。それが嫌なら棄教すればいい、とは簡単に言えない現状があります。イスラム教徒の親の元に生まれた子供は、多くの場合イスラム教徒として育てられます。また、地域によっても異なりますが、イスラム教における棄教は厳罰(死刑など)に値すると考える保守派が、いまだ主流派となっています。尊厳を守るという大義のために、個々人の自由が奪われることはあってはならないと思うのです。

H&Mの新たな試み

先月、アパレルメーカーのH&Mで、ヒジャブを着用したムスリマを、初めてモデルとして採用したという報道がありました(The Independent誌)。キャッチコピーは「ファッションにルールはない」。宗教も伝統も人種も障害も超えた、多様性の受容こそが、社会やそれを構成する私たち個人に求められる、あるべき姿なのだと思います。

http://www.independent.co.uk/life-style/fashion/hm-features-its-first-muslim-model-in-a-hijab-a6668211.html