なぜ節をつける?
青空保育のママ友が、来年幼稚園を考えていて、
「でも、すごく引っかかったことがあった」と言っていた。
たまたま幼稚園に行っている子と公園で一緒になったら、
その子が「いーれーて」と言ってきたのだそうだ。
そして、言われた子は「いーいーよ」。
「なんでそんな節をつけるの?! 節をつけなきゃ言えないの? ふつうに言おうとするプロセスを感じ、心から言えるようになるってことが大事なんじゃないの?」 ママ友は「幼稚園では、こんなことを教えているんだ…」と思って、すごく嫌な気持ちになり、「やっぱり幼稚園やめようか…」と思ったんだそうだ。
ところで、先日、息子を保育園に連れて行ったら、なんだかいつもと違ってわさわさしていた。
男の子が2人、とっくみあっていた。ケンカはしていたが、それほどひどいものではなく、ゆるやかなケンカだった。よく見たら、なんだか変なケンカだった。闘争心はあるが、動きが緩慢というか。ダイレクトにくる打撃がない、というか…。
しかし、片方の子が片方の子の顔に、手をのっけて、軽く爪を立てたとたん、やられたほうの子が「もう先生に言う!」みたいなことを言った。爪を立てた子は「ごめんね!ごめんね!ごめんね!」と連発して、泣きそうだ。
ちょっと待って、そんなに「先生に言う」のが嫌なのか?そもそも「先生に言う」って? 「先生」ってそんなに脅威なの?
なんだか、心がざわっとした。
そして、爪を立てられた子は先生に言い、立てた子は「ごめんね!ごめんね!」とさらに泣きそう。
先生は「そうなのね…そういう時は『やーめーて』って言えばいいのよ」
「やめて」も節つけちゃうのか!この文化は何文化なんだ?!
最近、息子も「かーしーて」「あーそーぼ」って言うようになったので、きっとブロックか何かを無理やりとったりして、先生に言われたのだろう。私と仲が悪くなると、
「ピヨ、先生に言っちゃうよ」
というので、
「先生に言ったらどうなるの?」
息子「先生に怒られて、ピヨ泣いちゃうの」
って言ってた。
きっと…少ない大人でたくさんの子どもを見るのだから、それは、上から命令しなくてはいけない時もあるのかもしれない…。「たくさんの子どもを、長時間、生活させる」ってことは、全然余裕がない、ってことなのかもしれない。
「人と人とが素直にそのままでぶつかりあう」って、今だからやってほしいこと。大人が、見せなくてどうするの、と思うけれど…私の言っていることは、法外に贅沢なことなのかもしれない。でも…やっぱりおかしい…
「保育園」って、親が仕事に行っている間、生活を「一時停止」させる場所なのかもしれない、と、最近思い始めた。