電車の遅延証明書というやつは本当にろくでもない。

東京では私鉄の遅延は日常茶飯事だ。

あの電車遅延時に駅で配られる遅延証明書というやつ、あれは誰が発明したんだろうか。あれは誰の役にも立たないばかりか有害でしかないので、廃止した方がいいと思う。

いかなる理由であろうと、遅れたことによって本来オンタイムでやるべきだったことができなくなったという事実は変わらず、それによる損失が遅延証明書によって回復されるわけでもない。

その結果をまず受け止め、なんらかの方法によって挽回することを考えるべきであり、遅延証明書によって見逃してもらえるという発想自体が極めてアンプロフェッショナルだと思う。

たとえば自分がアスリートで大事な大会の決勝戦の日、電車が止まったから遅れましたという理由で試合を延期してもらえるだろうか。不戦敗にならずに済むだろうか。済むはずがない。

アスリートだったら許されないことを自分は許されると考えるのはプロフェッショナルと言えない。

電車遅延にかぎらず、外部要因だから仕方ないという発想自体を全部捨てた方がいい。いかなる不測の事態が生じようとそれに備えて結果を出す、あるいは負の影響を最少化するためにベストを尽くすのがプロフェッショナルだと思う。

働き方という観点で言えば、電車が止まろうがなんだろうが仕事ができる状態にするのが誰にとってもベストだ。職場の近くに住むのが間違いなく合理的だと思うが、なんらかの事情でそれが難しければ必要に応じて自宅のそばでも仕事ができる状態を作ったほうが生産的だ。

リモートワーク・テレワークでどんな仕事でもできるとは思わないし、対面で一緒に仕事をした方がいい場面は多々あるが、交通や天候などの影響で移動によって生産性が大きく損なわれるときは、自宅や近所で仕事をした方が合理的だ。

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