管理人とは

まだFlashが全盛だった時期、私は高校生で、その時手にしたPCを使ってウェブサイトを作った。無料、あるいは月額でレンタルサーバーを借り、ファイルをFTPでアップロードする。当時はインターネット上で人格を得るためにはそんな手段が必要だった。今はそれに比べてテキストを簡単にホスティングしてくれるサービスがたくさんあって、Mediumでも文章を簡単に公開してくれる。

今の時代においても、自分でウェブサイトを作れる人はいるだろうし、CGIを自分で書いたりしたこともある人はいただろう。そして、そこに付随する勘違いとしてよく挙げられるのが「ホームページ」と「ウェブサイト」の違いだったりする。しかし、2015年の今ここに声を出して新たに主張したいのは「管理人」という言葉の誤用を指摘しているウェブページが少ないのではないか、もうそろそろ「管理人」などという言葉を使うのはやめにしないかと言いたいのだ。

一般的に「管理人」とは言葉のとおり管理する人のことを指す。例えばアパートやマンションの「管理人」は家賃収入を得る代わりに、その物件の掃除や点検などを行う。これはまさに「管理」である。とはいえ、部屋の中の掃除や点検は基本的にその物件を間借りしている人間の責任に他ならない(アニメや漫画だと大家が住人に介入してくる描写があるようだが)。かといって、その部屋を借りている個々の契約者は「管理人」と言えるだろうか。

私が指摘したい問題は、レンタルサーバーのスペースをただ間借りしているに過ぎない契約者が「管理人」を呼称するのはいささかおこがましいのではないのかということだ。そういった人々がサーバーのログを眺めながら設定ファイルを書いたり、HDDやネットワーク機器の死活監視をすることはまずあり得ない。もちろんこの限りではないのが、「自宅サーバー」で直接自らのサーバーを公開している人だ。こういった特殊な人を除くレンタルブログサービスやBlogger(もちろんMediumも)で活動する人々には是非、自分のハンドルネームを使っていただきたい。

しかし「管理人」という言葉には、個人を隠蔽する力を秘めていることも確かである。私もくだらないハンドルネームを名乗るくらいなら、自分のことを「管理人」と呼称しても良いのではないかと思えた時期もあった。しかし、「管理人」というのはあくまでサーバーの障害があっても、表沙汰には何もなかったかのようにウェブサービスを保ち続ける守護者のような存在であって、いわば裏方の存在なのだ。Google検索がこれまで24時間365日、いかなる時間にリクエストを送っても確実にレスポンスを返してくれることに関して甚だ感服している。レンタル掲示板やブログのコメント欄で悪辣なコメントを除外するのとはわけが違う。

つまり、レンタルサービスを利用しているだけなのに「管理人」を名乗ることは若者が事あるごとに「神」という単語を連呼することに近い。確かに、ウェブは実名と匿名が入り混じった文化だ。私自身がそうであるように、匿名であることを否定するつもりはない。だけど、自らを「管理人」という単語で表現することは最も恥ずべきことのひとつであると認識しなければならない。

余談だが、これと似た言葉で「〜主」とか、単に「主」という敬称を連呼する人間も、上記のそれを連想させられるから苦手である。さらには「トピ主」などと、最高に頭に血が上って気が狂ってしまいそうな単語を目にすることも稀にあるのだが、それは世界の破滅の一旦ですらある。日がなウェブを利用している私にとって、こうした些細な苛立ちが絶えない。

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