炎上させるコツの探求
ソーシャルなツッコミを求めて
炎上評論家というわけではないが、どんなコンテンツであれば炎上しやすいのかが気になった。
そのコツさえ掴めれば、明日からすぐさま炎上ブロガーになれるだろうし、逆に炎上を避けられるかもしれない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。とは、ちょっと違うかもしれないが、少し考えてみるのもよいだろう。
単純に考えて、何かに対する批判・非難をコンテンツの素材にするのが良さそうなことは窺える。何かを肯定するものが炎上する案件もあるが、これまで見かけた炎上案件はだいたい否定ものである。
おそらく、ストレートに感情的表現を書いて、それで納めてしまうと、あまりよろしくない。「私はこの人のことが嫌いなので、この人のいっていることは嘘だと思います」と書いてあったら、たぶん、「ふ〜ん、そう」で終わってしまう。
読んだ人についついツッコミを入れさせたくなるものが文章に含まれているとき、ソーシャルな反響が引き起こされる。
だとすれば、どんな要素がそれであるかがわかれば、一気に炎上技術も上がるだろう。
と流れていくはずの文章に、どこからしら違和感があれば、人はツッコミたくなる。
しかし、無理な論理展開を自然に構築するのはなかなか骨が折れる。であれば、さきに結論を決めておいて、そこに事象からの流れを構築すればよいだろう。風が拭けば桶屋が儲かる戦略だ。そうすれば、「論理っぽく」みせられるに違いない。もちろんそれは、立派な「無理な論理展開」でもあろう。
つまり、素材を揃えて論証していくのではなく、結果ありきで論理っぽく書き進めていくのだ。これは有効そうな技術である。
たとえば極端な解釈。「Aという場合には、Bすればいい」と書いてあることを「どんな場合でもBすればいい」という風に理解して批判を進めれば、ツッコミどころはすぐさま生まれる。
あるいは代表性をうまく操作してもいい。たとえば、自分が怒っているだけにもかかわらず「日本人は怒りを感じている」と書いてしまう。たしかに当人は日本人に含まれているわけだから、その表現の何%かは正しいのだが、さすがに表現を盛りすぎである。ツッコまざるを得ない。
また、私が眺めてきた案件では、「自分のことを無自覚に棚に上げた批判」はかなり強力なテクニックのようだ。思わず「おまえはどうやねん」とか「あんたに言われたくないわ」と関西弁でツッコミたくなってくる。
しかし、無自覚に棚に上げることを自覚的に行うのは困難を極める。相当にハイレベルな技術に違いないだろう。
結局、理屈っぽい人が感情に揺り動かされて書きはじめ、それを推敲せずに投稿したらできあがっちゃいました、的な感じもしないではないが、実は高度な作文技術によって生成されているのだろう。
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