護国寺の茶筅供養。

毎年12月に開催される大本山護国寺の「茶筅供養」に、コラムの取材で参加させてもらいました。使い古した茶筅(抹茶を点てるための茶道具)に感謝をこめ、炊き上げて供養するという「茶筅供養」。

生まれて初めて参加した「無生物」の供養でしたが、もちろん、すすり泣く人もいなければ、悲痛な顔を浮かべる人もおらず、皆、秋の陽光に照らされて、清々しい面持ちで法要に参加していました。

年に一度なので、炊き上げに用いる石は苔むしている
炊き上げられていく茶筅

各流派の家元によって、炊き上げられていく茶筅。勢いよく燃えさかり、徐々に彩度を低くしていく様は、さながら一つの「生命」の終わりのようでした。この日のために集う家元や修道者、額に汗をにじませて、お経を読み上げる僧侶。「無生物」の供養でありながら、供養を通して茶筅へ向けられた深い敬意は、「無生物」以上のものだったと思います。

今回の取材のご縁を頂いた家元の方にも、茶道の心の在り方や供養について、お話を伺うことができました。コラム執筆を通して、しっかりとまとめていきたいと思います。茶道やものの供養という異世界に触れて、さらに学びたいことを見つけられた茶筅供養でした。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.