静かでバイオレントな夢と朝

音もなく場面転換

毎日つけている紙の日記。だいぶ前に買ったノートだけど、奇しくも今の生活では毎日自転車で通勤している。

何度もなんども落ちて、21歳の誕生日にようやく受かったAppleのインターンが、はやくも中盤にさしかかりました。
ここまで、何が起きたのか、どんな心境の変化があったのか。きょうはギターの練習もしたし本も読んだのにまだ早いので、すこし書き起こしてみます。


Steve Jobs.

サンフランシスコの空港につくと、外は明るいのにもう夕方になっていた。すこし前にはこの街に家を借りて住んでいたのに、空が綺麗だとか空気がからっとしてるだとか、当時はあたり前だったことにいちいち感動してしまう自分がいた。夕方の空は手が届きそうなくらい近くて、透き通る水色とピンクのやさしい色をしている。写真を撮るか迷って、でも写真を撮ったら自分が観光客になってしまうような気がして、やめた。

連れてこられたクパチーノの住居ははっと息をのむくらいの豪邸だった。だだっ広い室内2階建ての部屋に、静かなルームメイトとふたり。窓のそとに桜が咲いていて、その先にプールとジムがみえる。あまりにも東京の現実とかけ離れていて、へんな夢をみているようだった。何日かに一度、メイドさんが来てお家を掃除してくれて、ベッドメイキングから何から全部やってくれるので、わたしの低い生活能力でもけっこう快適に暮らしていける。

つまり、インターンに集中できるように、すべてが準備されているということ。



Appleという会社は、Steve Jobsを中心として回っている。死してなお彼は、Infinite Loopの中庭の中心から全てをコントロールしているんだ。

キャンパス内に大きく掲げられた白黒のジョブズの写真。しげしげと見つめている私を、周りの社員はへんな奴がいるな、という目でちらっと見て、いそいそと通り過ぎる。

白黒の、沈黙のジョブズがここにいる。この会社をいまだに、動かすジョブズがここに。

その写真は不思議な魔力みたいなものを持っていた。

Steve Jobs.

生前の映像や発言やその後に作られた作品からふわりと立ち上がる彼の人間像は、Appleでの生活の初日から少しずつはっきり、クリアになっていった。

わたしは自転車で毎日クパチーノの道を走るたび、ジョブズのことを考えた。自転車好きの彼もこの道を、走っただろうかって。彼もこの風を、からだいっぱいに受けたんだろうかって。みどりの中から急に出現する巨大なキャンパスに、未来をみていたんだろうかって。

家族、恋人、学校、地域。

私のイメージするジョブズはそうした小さいコミュニティには存在していない。そうしたコミュニティで、彼はうまくやっていけていなかった。人を傷つける。困らせる。まわりに、疎まれる。彼は小規模レベルのコミュニティの調和というステップをすぽーんとすっ飛ばしたんだ。

でも彼は、誰に何と言われようと、自分のみるものだけは信じていた。極端と言われてもすべてを突き通した。そしてその自己に対する自信こそが、彼を今までにないスケールの舞台へと導いていった。

後半のサクセスストーリーは皆がする話だからいいとして、それよりも私は、嫌われ者としてのジョブズの側面にとても惹かれるものがある。たぶん自分が家族や学校でうまくやっていけていないというコンプレックスがあるから。

道徳の時間におしえられる価値と、突き抜けたイノベーターのみる価値は、明らかに矛盾している。先生は「まわりの人を大切にしましょう」と言う。その時の教室ではみんななるほど、と納得する。ニュースでは「人と違うことを出来る人材が求められています」と言う。その時テレビの前ではみんななるほど、と納得する。でも、いざ、誰もいない方向に思い切りダッシュすれば、近くにいる人は「私たちのことを何だと思っているの」と言う。「どうして大切にしてくれないの」と涙を流して、「あなたは酷い人間だ」と言う。

走ることは普通の人には耐えられない痛みをともなう。

これまでの世界にないスケールの「成功」と苦痛のジレンマを、自転車の風はやさしく受けとめる。

ジョブズはヒーローだ。

彼は、“the people who are crazy enough to think they can change the world are the ones who do.”(世界を変えるのは、自分が世界を変えると本気で信じるひとだ)の、そのまんなかにいる。

そうして今も、くるしむだれかの心に、ふわっと春の風をふきこむ。

Appleのメインキャンパス、Infinite Loopのまわりに咲く桜。 クパチーノは2月からもう暖かくて、日本よりずっと先に葉桜になっている。

Sleeping Disorder.

ジョブズの哲学に思いを馳せるのもつかの間、のんきなことを言っていられないくらいの量の仕事が目の前にどさりと積まれた。もちろん紙媒体では、ないけど。

必死で働く私は、寒くて、孤独だった。

過去にアメリカに住んでいたのはたったの一年、プログラミング歴もたったの一年。

英語も思うように話せないし、プログラムも思うように動かない。

どうして、どうして。

エンジニアになるきっかけの一つでもあったはずの「実力主義」は私の首を絞め、男性の多い環境への慣れなさも手伝って、毎日トイレにかけこんでは泣き、コードを書く手は震えた。

夜になってひとりでベッドに横になると、絡まる思考がゆるやかにわたしを締めあげる。

技術の不気味さ。こうまで一日中コンピュータの前に座っていると、自分のなかの技術への恐怖はどうしても無視できない。私はコードよりも大好きなものがあるじゃないか。私はコードよりもお笑いが好きだ。人が好きだ。本が好きだ。芸術が好きだ。「技術が世界を素晴らしくする!」世界を席巻するそのカルトのような熱狂に、心がついていけない。

それなのに、私は今日も、コードを書いた。昨日も、コードを書いた。明日も、コードを書く。私はコードを書くこと以外に、人様から認められてお金を頂いたことがない。

睡眠不足が続いて熱が出て、毎朝吐き気を催すようになった。それでも数十分後には、オフィスに向かっていた。「ここでやめてはいけない」私の頭の中で鳴り止まないその声は強迫観念以外の何物でもなく、精神を殺す思考であった。人に褒められるような諦めない精神とは似ても似つかない、社会の規範がおぞましい形で内面化した、醜い醜い、魔物だった。

Apple社内でもらえる日本の林檎よりも小さくて酸っぱい、アメリカの林檎。

Trust and transparency.

常備の睡眠薬を飲みはじめると、睡眠は安定し始めたものの、妙にビビッドな夢をみるようになった。

急に向かいの人に、撃たれる夢。
昔の友達が集まる場所が、ホロコーストのように、ずたずたにされる夢。
日本に大惨事がおきて、もう帰れなくなる、夢。

不協和音のような違和感で目覚めて、ブラインドをひらき窓を開けると、真っ青な空からびゅーんと風が舞い込んでくる。

朝。

あまりに天気がよくて、無力感で身体がずんと重くなる。行きたくないかも。でもそんなことも言っていられないので、数分後にはしょぼしょぼと準備をしてとんとんと階段を降りる。外に出ると太陽がもう高い。帽子をかぶりなおして自転車にまたがる。

工事現場をたくさん通りすぎてガタガタな道をゆくとオフィスに到着する。オフィスには眩しいくらいに陽の光がさし込んでいる。

すると突然マネージャーに呼ばれた。

太陽の光で明るい彼の部屋では、椅子に座るマネージャーが真っ白に照らされていた。目の前のふかふかの椅子に座ると、彼自身が光を発しているみたいに眩しく見えて、どこか浮世離れしたその光景に、私はその日の夢を思い出していた。

私は彼と、技術の話をした。とても抽象的な話と、とても具体的な話。

彼の話は私の心を思いっきり洗い流すように、私の悩みに答えてくれた。きっと彼にはそんな意図なかったのだろうし、私がこんなに影響を受けているとも、思っていないのだろうけど。

会話自体はすごく短かったのに、そして彼の話も短かったはずなのに、彼のしてくれた話は私の頭の中でパンの酵母みたいにぐんぐん膨らんで、みえる世界に色をつけていった。

私はエンジニアをしていていいのか。

その答えはイエスだった。

私は今、エンジニアリングをしていなければならないのか。

その答えも、たぶんイエス。今、でなかったにしてもしなければならないことだったんだろう。

私が自分のなかで一番重きをおいているのは、人間の感情であって、他の何でもない。

それをはっきり認めた上で、今私が勉強していることは、働いているその内容は、大きくその価値にインパクトをもたらしうるものであること、それが、分かった。「技術のもたらす世界って、楽しいよ」そんな誰にでも言える薄っぺらい発言とは全然ちがった、方法で。不気味で冷たくて人間味のなく思えていた技術、というものが急に、あたたかみをもった透明な光のように思えてきた。

技術はそれ自体が透明かつ完璧になることで人の恐怖を拭い去り、そして恐怖を拭い去ることは、思っている以上に精神活動を活発にする。そんなことに気づいたのだった。

(どことなく抽象的で歯にものが挟まったような書き方しかできなくて自分でももどかしいけれど、ひとつにAppleの秘密主義として社内のことをあまり書けない、それからふたつに、自分の考えた内容をもっと分かりやすい形で、表にだすときがまた来るような気がしている。)

今はあまり詳しく書けないけれど、この思考の転換によって私は、いまエンジニアをするという選択をとった自分と、そしてここまで勉強を続けてきた自分と、これまでとこれからを支える基礎的な努力をみにつけた高校までの自分を、信じることができるようになった。自分が一番大事だと思っていることに、たいせつな過去がすこしずつ収束されていくような感覚を、覚えた。

そして今私は、誰よりも私を、信じている。

なぜ自分が勉強してきたのか、なぜエンジニアを選んだのか、自分は本当は誰なのかまったく自信がもてなかったそんな疑問が、すこしずつほぐれてゆく。クパチーノの空が青いみたいに、太陽が高いみたいに、いまは自分をまっすぐに信じることができる。

大好きな人に、やさしくなれる時みたいに。


今の私の生活は、大好きな友達と、美味しいコーヒーと、前より確実に自分に近いものになったコーディングで、あふれている。

日本に帰るのが怖くなってしまうくらい、今の思考をひとつ一つすべて記録に残しておきたいくらい、真実が、すぐそばにあるように思える。

私はいま、たいせつな時を、生きている。

この時間が永遠に終わらなければいいのに、と思ってしまうくらいに。

レッドロックカフェは、マウンテンビューでエンジニアに一番人気のカフェ。コーヒーが美味しいうえに落ち着いた雰囲気で、大好きな友達と週末によく勉強しにくる。
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