引き潮(よるのしじま)[Small Talk]

駅から1分、という謳い文句に惚れ込んで、ホームからベランダが見えるような部屋に越してきた翌朝に、自分は何てことをしてしまったのだ、と気づいたのが電車の騒音だ。

そんな事も気づかなかったのか?と言われれば身も蓋もないのだが、たった30分もない内覧ではそんな事に目が届くはずも無く。 (しかし自分だからいいけど、これは契約前に確認とっておかないと違反だと言われかねないレベル)

構内のアナウンスまで聞こえるので、人によってはノイローゼになってしまうくらいの距離感だけれど、自分は以前高速道路の脇に住んでいたので音は割と平気なタイプなので事なきを得た。

そんな環境で暮らしてみてわかってきたことは。

その駅は割と都心にあるので、とってもアクティブで、午前2時ごろまでアナウンスが絶えず、午前4時半頃には始発が走る。

だから、うたた寝をしていても、常に周りの音を気にするようになった。

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車輪の音を聞きながら眠りに就き、 ふと目が覚めた時に静寂であればそれは夜の切れ目、 次に意識が来た時に車輪の音がしていればそれは目覚めが近いと。

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そういう毎日を送っていると、期せずして駅の、「音がない時間」に目覚めた瞬間をとても愛おしく思える自分に気づいた。

せわしない、夜と朝を前倒しするように押し込む時間のわずかな隙間にだけ存在する静寂。

「よるのしじま」は「夜の静寂」と書くのだと知った。

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しじまの魔力の強さと短さ。
 シンデレラ姫のようだ。

999のように、休みなく走り続ける車両の脇で、昨日と今日の間のしじまを感じられるひとときを確認できる時間のながれが、たぶん明日を生きのびていくために必要なのだろうと思う。

Originally published at ruumania.tumblr.com.

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