高専を退学した話と、その後

Ryo KAJI
Ryo KAJI
Dec 24, 2015 · 4 min read

本稿はKosen Advent Calendar 2015の22日目の記事として作成されました。

二日遅れての公開となりますが、なにとぞご了承ください。

前回とは逆に、私が高専を去った話です。

退学するまで

退学を選択するに至ったきっかけは大きく二つあります。

  1. 研究活動に没頭できないことに対しての後ろめたさ
  2. 学士の学位申請は専攻科修了に依存しなくていいこと

まず前者は留年の理由ともやや重複します。

前提事項として、専攻科における基本的な戦略(あくまで私の在学時点で)は、一年次は単位取得のために授業を多めに履修し、二年次で学位授与の準備や修了審査のための論文執筆に充てる……といったペース配分にするのが定番です。

しかし私はこの定石を度外視し、工業デザインや情報理論といった自分の専門・専攻との関連が薄い科目を興味の赴くままに履修しました。そして当然ながら、人並み以上の負荷量を私自身に課したために、取りこぼす科目も人並み以上でした。それだけならまだいいのですが、研究への投入すべき時間がはっきりと目減りするという副作用に気が付いたのは私が一年目を終える頃でした。

そうして二年目、三年目と延長戦が続き、なんとか修了にはこぎ着けようと意気込んだものの、家族との不和や身近な人との関係性に振り回されることが(それも比較的最近まで)多かったように思います。目の前のやるべきことよりも、自分の足元ばかりに私は気が向いていたのかもしれません。

研究、これ自体はただの修了要件でしかありませんが、結局のところ自分の集中すべきことに対して在学中は正面から向き合えていませんでした。この状態のままでいることも指導教員への背信のように思えて、ずっと後ろめたさが残っていました。これが理由の一つです。

後者について。私は既に高専本科を修了しているため、「専攻科修了見込み」でないただの個人として学位申請するとしたら、必要になるのは単位と書類だけになることに気付きました。そのほうが、高専や私の指導教員に一切の義務も責任もなくなるので、上述した後ろめたさはなくなります。

また退学時点で、学位申請に不足しているのはたった4単位分でした。それならば後ろ向きな気持ちを抱えたまま高専にいるよりは、どこかの大学の科目等履修生でいるほうが金銭的な面でも精神的な面でも身軽だとわかりました。

結局今年は科目等履修生として、前学期は東京工業大学、今学期は放送大学と二つの大学で履修しています。これについては要望があればまたの機会に書きますのでここでは割愛します。

その後

実は三年目(つまり去年)から、学費を自分で賄うという名目で技術職のアルバイトをしていました。退学を検討した際に時間をかけて求職活動をしようか悩みましたが、そこより良いと思える会社をその時点で見つけられなかったため、そのまま雇用してもらえるように交渉しました。その結果、今に至ります。

今週で年内の仕事は終わりますが、仕事先にはまだまだ迷惑を掛けることのほうが多いので、年が明けたらもう少し期待に沿えるような人間になれたらいいなと思っています。

終わりに

私は学位に未練はあります。今も学位授与機構への申請のために、大学の科目履修生として単位を手に入れようとしています。私について、周囲の人たちや高専の先生からは「もったいない」と言われることのほうが多かったように感じます。

しかしながら、少なくとも今は、退学について私に後悔はありません。まだその節目から一年も経ってはいないけれど、そのときの自分が決めたことを否定する気持ちが私にはありません。

この選択をした意志はたしかに自分自身のものだったから、それで十分です。

以上。

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