あいちトリエンナーレ2019観覧記 1「表現の不自由展・その後」

SAKIYAMA Nobuo/崎山伸夫
16 min readOct 20, 2019

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地方の一国際芸術祭に過ぎなかったともいえる「あいちトリエンナーレ2019」が全国というか日本全体を揺るがすレベルの大きな問題を起こしつつようやく終わって最初の週末というタイミングなので、観覧記を書いてみようと思う。今回、私は8月24・25日と、10月13・14日と、2回に分けて4日間もあいちトリエンナーレを観覧した。こうなったのも、「表現の不自由展・その後」が開始直後に脅迫電話や他の電凸から中止に追い込まれ、その後なんとか再開となったからで、そうでもなければいくらMIAUで付き合いが長い津田さんが芸術監督だからとはいえ見に行ったかどうかも分からないが、結局濃密な体験をすることになった。「表現の不自由展・その後」の中身に関しては、再開前からわりとフリーダムに論評していたら津田さんからtwitterをアンフォローされる憂き目にもあったが、まぁ、気にせず、感想を書いていこうと思う。

今回、やはり最初に書くべきは、「表現の不自由展・その後」についてだろう。今回、その再開に関しては、ガイド付き観覧のみで、その枠は抽選、という形態となった。そして、開始は10月8日から、あいちトリエンナーレの閉幕は10月14日だ。観覧のチャンスは非常に限られる。平日を除くと、10月12日の土曜日から、祝日で最終日の14日の3日だけだ。

というわけで、最初は12日から2泊の宿をとった…ら、台風19号で長距離列車の計画運休という話が出てきた。仕方なく、11日の夜の新幹線移動を前提に3泊で予約を取り直した。ホテルは既にキャンセルが出ていたので、「不自由展・その後」のあるメイン会場、愛知芸術文化センターにほど近い栄駅至近の錦のホテルを2泊よりも安く予約できた。11日の夜は仕事を早めに切り上げ品川駅に向かうと、既に指定席は満席だったが、新幹線の出発自体が台風を前にした移動混雑で1時間以上遅れていて、自由席乗車でむしろ問題なかった。この時点で既に12日のあいちトリエンナーレ美術展は台風で臨時休館と決まっていたが、パフォーミング・アーツのプログラムは12日朝まで決定が先延ばしとなっていたし、何よりも13日の長距離移動の可能性が全く見えてなかったので、気にしないことにした。そして、12日になったらパフォーミング・アーツの全公演が中止である。栄駅近辺は正直なところ風も雨もそうたいしたことがなかったのだが、JRと地上の私鉄が全て計画運休し、大規模店舗もほぼ全て休業するなか、美術展もパフォーミング・アーツも休館・休演はやむを得ない。昼は昼飯難民となって開いている飲食店を求めてさまよい歩いた。夜は雨もだいたい上がり、錦の繁華街で夕食。明日は問題なさそうとなった。

翌13日朝。

愛知芸術文化センターの開館時刻には、既に「不自由展・その後」抽選のためと思われるライバル達が数十人と外に集まっていた。抽選だから早く言っても意味がない、と言われても並んじゃうんですよね。私含めて。

愛知芸術文化センター入り口に貼られた、開館前に並ばないようにという呼びかけ文

そして、開館とともに抽選の列に並び、リストバンドをつけてもらって9時過ぎ。この時点ではまだメイン会場の展示は始まっておらず、会場ロビーの10階はチケット購入の列ができていることもありかなり混雑をしていたので暑く、中庭に出て涼むなどしていた。そして、抽選発表の結果を見たら、いきなり初回当選であった。

「不自由展・その後」観覧の抽選に当選してマークをしてもらった

ここ以降、詳細なレポートを書こうかなと思っていたのだが、何故か東京圏芸術クラスタの面々がふつうに多数当選していて、既に 在華坊さんの克明なレポートも上がっていて写真のクオリティは明らかに在華坊さんのほうが高いので、私は客観レポートは補足程度に止め、感想をフリーダムに書くことにしたい。

既に多く報じられている通り、入ってすぐは大浦信行「遠近を抱えて」であり、非常に狭い空間に関連作品が並べられている状況だ。次に示すのは、関連作品の嶋田美子「焼かれるべき絵:焼いたもの」を少し斜めから撮ったところだが、向かいの「遠近を抱えてPartII」用のモニタが額装カバーに反射して写り込んでいる(このモニターは中止前に使われていたもので、再開後の上映では利用されていない)。

なお、大浦作品等については「PartII」上映が後半であることを踏まえて、まとめて後で感想を述べる。ここでひとつ指摘するべきは、小泉明郎「空気 #1」をこのエリアに置いたことは位置が近すぎるということだ。「天皇ネタ」という以外、なんら共通性のない両者を並べるのは、両作品のそれぞれのテーマ性を埋没させかねない。「表現の不自由展・その後」ということで日本の不自由のひとつとして天皇ネタを集めたかったのだろうが、このスペースでこの作品量では、いかにも説明不足で不十分極まりない。中途半端に尽きる。

天皇ネタエリアの横にあったのは、高校生の大作ではあるが、正直美術的な価値は分からない。発表場所も学生のための展示会となっている。この作品がここにある意味は、作品説明パネルの内容に尽きる。

「償わなければならないこと」作品説明

この説明パネルによれば、展示(この作品に限定されていないようだ)が日韓合意を否定する内容だとして千葉市の熊谷俊人市長が補助金50万円の交付を取りやめたとのことである。これは今回、名古屋市の河村市長が不自由展を理由としてあいちトリエンナーレに対してとっている態度と同じ問題であり、事態を予告するものと言える(文化庁の補助金については、実質はともかく建前は内容を理由としていないので、対応していない)。

順路的にはすぐ目に入る横尾忠則の位置づけに首をかしげつつ在華紡さんが言及している 安世鴻『重重―中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の女性たち』に関して言うと、作品はともかく、ここでまたひとつ、不自由展実行委員会のキュレーション仕事がよく分からない。

ニコンサロンでの発表中止→再開に関する新聞記事コピーは、対面の九条俳句やマネキンフラッシュモブと一緒になっていたのだった。

九条俳句の右下にニコンサロン問題の新聞記事。作品自体は遠い対面にある。

このテーブルは、年表や新聞記事、アンケート記入コーナーなどが左にあり、雑然としていた。スペースの制約もあったと思うが、九条俳句やフラッシュモブは、それこそ資料扱いで十分だったのではないか、ここに2015年の不自由展でトークゲストとして招いた、ろくでなし子の作品を置く手もあったのではないか、と思わざるをえなかった。「

表現の不自由年表と各作品に関する新聞記事など

ネトウヨが「特攻隊を愚弄している」といったデマを必死に流していた、中垣克久「 時代の肖像ー絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳ー」は、想像より大きく、頂上部の寄せ書きは私の身長ではあまりはっきりとは見えなかった。それよりも、全体に貼られた紙に印刷された内容から伺えるあからさまな政治性のほうこそが、むしろ右派が攻撃したい本当のところだが、それを隠して特攻隊云々とイチャモンをつけていたのだろうかな、と思った。この現代的かつストレートな政治性とアートの融合、というのは実は「不自由展・その後」の中では主流ではない(他は九条俳句とマネキンフラッシュモブだが、正直アートとしての水準は中垣作品に遠く及ばないだろう)。

中垣克久「 時代の肖像ー絶滅危惧種 idiot JAPONICA 円墳ー」拡大図

Chim↑Pomの「気合い100連発」「耐え難き気合い100連発」は、検閲を笑い飛ばす一発ネタとしてここに出されたと言える。無検閲バージョンの「気合い100連発」と、NGワード検閲をした「耐え難き気合い100連発」を同期再生して、そのバカらしさを味わおうということだろう。

Chim↑Pom「気合い100連発」「耐え難き気合い100連発」

映像作品ゆえ、この検閲タイミングの撮影は苦労した。シャッターチャンスが限られていたので張り付いて撮った(映画の著作物の動画撮影は禁止)のだが、当然ながら禁止事項を疑われてスタッフに数度声掛けされてしまった。正直これは公式画像が欲しいやつ。

不自由展の再開後に、まさに「NGワード」部分で炎上させようとネトウヨが必死になっていたのには驚いた。彼らはこういうメタレベルを扱うことを能力として出来ないのか、意図的にしていないのか、どちらなのだろうか。

さて、「平和の少女像」である。横に座るやつも撮って戴いた。一人で行ってこの写真を撮ってもらえるというのはガイドツアーならではの長所だったかもしれない。混雑する普通の会場ではなかなかできない。自撮りするには微妙に距離のある椅子でもあるし(自分の顔がむさ苦しいなぁ、と思ったのでこの写真は上げないことにした)。さて、特筆すべきは像の小ささだろう。実寸サイズとして、身長140cmあるかないかだ。これはまさに「少女像」と呼ぶべきだろう。「慰安婦像」と言ってしまうと、身長から推定されるであろう年齢の面が落ちる。いくら70~80年くらい前の栄養状態がよくないであろう時期としても、この像の体格は成人のものではない。日本政府の責任がどこまであるかないかの政治問題・法律問題は別にしても、日本人兵士の相手をさせられていた中に現代の少女の年齢である女性が含まれていたことは客観的に認めらているところであり、そのおぞましさを、そしてそうした少女達が日本の敗戦後の韓国内でも辛酸を舐め、苦しい時代を過ごしたことは軽視されるべきではない。裏返すと、少女像の小ささ、そこにある一種の親密さこそが、ある種の人々がこの像を恐れ、排斥したいと思う反発を生むのかもしれない。

ようやく、ここで「遠近を抱えて」の話に戻る。40分ガイドツアーのうち、20分は「遠近を抱えてPartII」の上映会である。入り口近くにあった当初展示に使っていたものよりも大型のモニタが運ばれてきて、会場内にクッションと椅子が並べられ、閲覧者はそこに座って、照明を落としての上映だった。

内容としては、「不自由展・その後」の再開に向けて行われていた「表現の自由に関する国内フォーラム」だったかで検証用に流され、結果 Youtube に上がっていたものと変わらない。ただ、大画面で20分間落ち着いて視聴する、ということで印象を新たにすることができた。

まず、「遠近を抱えてPartII」は、「不自由展・その後」の立場では不要としかいいようがない新作ではあるが、しかし作者の大浦信行の立場では、絶対に必要な、一種の説明であったろうと思う(それが成功したかどうかはまた別の話だが…)。「遠近を抱えて」という版画連作では不親切な部分が、映像作品となったことでクリアにはなっていた。もっとも、私が「遠近を抱えて」を直接目にすることができたのは今回が初めてで、これまでは報道や論考記事を通してのごく一部でもあるし、「不自由展・その後」の会場での展示は2点のみだ。もともと展示替えをしてより多くの点数を展示していく予定だったところ、不自由展中止もあり、トリエンナーレ開幕直後のものと展示替えをしたに留まるが、開幕直後バージョンを観る機会はなかった。「遠近を抱えて」の版画連作を全て観た上での詳細かつ専門的な批評は 加治屋健司氏の以下のものがあるが、私はちょっと美術好きなくらいの素人だということはご了承いただきたい。

「PartII」以前から、大浦氏は各所で繰り返し「遠近を抱えて」は自画像だと、そこにある天皇は内なる天皇だと述べている。そして、PartIIで、「遠近を抱えて」を燃やすことを通じて天皇の肖像を燃やすことばかりが話題にされたが、映画の表現を用いることで、より、エロスとタナトス(死)が強調されている。あまり言及されていないけれども、PartII独自の表現として、菊の紋章が入った陣中に構える武士や骸骨のイラストといったものもあった (このあたり、従軍看護婦描写と併せて前作映画の「靖国・地霊・天皇」からの抜粋のようだが、そこにあった左右陣営の対立の問題はまるごと落とされている)。そして、冒頭から流れる曲は、曲名は知らないが明らかに一種の日本趣味的なものである。はっきりいって、これは「左翼」の人からは出てこない表現だ。むしろ、広い意味で三島由紀夫っぽい。大浦氏の過去の映像作品といえば、この文脈では 『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』だろう。公開当時の大浦氏のインタビューの中では、なぜかロフトグループのフリーペーパー、ルーフトップでのものが一番あけすけっぽいので貼ってみる。

はっきりいって、大浦ワールドも一種の「天皇ごっこ」なんじゃないかと思うけれども、昭和天皇のころまで大真面目に論じられていた「内なる天皇」に愚直に取り組み、そしてほのかなエロスを漂わせながら「昭和」を葬送するかのように「遠近を抱えて」を燃やし続ける。流れとしては明らかに戦中・戦前期を中心にしつつ、しかし晩年の昭和天皇の写真を使った作品も燃やして、送り出している。そこには、現代の左右の政治性はない。戦後すぐの生まれとして、「昭和」という過去にこだわり続けていると言っていいかもしれない。難点があるとすれば、このPartIIは「遅すぎた」のではないかという点。「遠近を抱えて」自体は、昭和の末期、つまり「もうすぐ天皇が亡くなる」ということが現実味を帯びつつ、しかし言及するのも不敬扱いで自粛されていた、そんな時代に発表されている。富山県との訴訟になった図録焼却などは代替わり後の1990年代の話だ。この表現が出てくるなら、その時期であるべきだったようにも思う。今や「昭和」は30年以上前の過去の話であり、この作品を受け止めようとすると、それなりに想像力を働かせないといけない。まぁ、大浦氏の中でPartIIが煮詰まるのに30年かかった、当時は創作できる状況ではなかったと言われても驚かないけれども。

さて、ずらずらと書いてきたが、そういうふうに「遠近を抱えて」等を解釈してみると、嶋田美子「焼かれるべき絵」もやや違って見える。嶋田美子は、おそらくは自他ともに認める左派的なフェミニズムアートの文脈の人だろうが、同時にユーモアの人でもあるようだ。少女像のパロディかオマージュか、「日本人慰安婦になってみる」と題してロンドン大使館の前で和服銅像コスプレして椅子に座ってみるとか、そういうキワキワを狙う人でもあり。「焼かれるべき絵」も、単なる抗議同調ではなくて、「遠近を抱えて」が左派的文脈ではないことも踏まえて「こっちだろ」と挑発というかユーモアというか、そういうものかもしれない。

対して、小泉明郎の「空気 #1」は、もっと透明な、縛られた日本というものを描いてるように見える。これは、小泉氏が今回のトリエンナーレで行ったパフォーミング・アーツ「縛られたプロメテウス」(こちらを体験する機会にも恵まれたが、正直ネタバレよくない系の中身なので再演があるなら別稿にもしづらい)の手付きからも想像していることだが。

小泉明郎「空気 #1」

さて、最後にまとめるべく、「表現の不自由展・その後」全体の感想を。

ここまでいろいろ書いてくるのにさまざまな展示外部の情報を引いているように、個々の作品に寄せて鑑賞するのであれば、いかにも説明不足甚だしいと言えると思う。とくに、玄人観覧者に限定されない、自治体開催の芸術祭ということを踏まえると、その説明不足は致命的だとさえ言える。この作品数のまま、せめて、順路手前のCIR(調査報道センター)のスペースは欲しかった。

一方で、展示内容は「表現の不自由」なのだ、ということになると、個々の作品の文脈はどうでもいい、と割り切ってもよかったとは言える。その意味でいくと、「遠近を抱えて」関連は関連作品を並べて饒舌に過ぎたともいえ、その饒舌さが右派からの脅迫電話を呼び寄せたと言ってもいいとは思う。

ただ、いずれにせよ、街宣右翼やネトウヨの抗議というのは、芸術を分かろうとする意思を持たない、パターンマッチングのレベルで発生するし、実際彼らは自己の正当性をイスラム教徒の一部が「コーランに見えるもの」に脅迫やテロを含んだ抗議を行うことをまるごと肯定して主張したりするので、結局のところ現代美術展はその安全性を担保するには淡々と警察を含めた警備強化を必要とするのでしょうね。そのあたり、「表現の不自由展・その後」実行委員会メンバーの小倉利丸さんは一貫して反監視・反権力の人でもあるので、どう考えるかというのは大いに興味があるところですが、GAFAがプライバシーを売り物にするのけしからんとソーシャルメディア総退却されてるので話を伺う機会もないか。もう10年以上ネットでもF2Fでもやりとりないけど。

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