【読書メモ】世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?経営における「アート」と「サイエンス」

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「世界のエリートは」〜という一見下世話なタイトルだが多く考えさせられるよい読書になりました
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世界のエリートは極めて功利的にな目的のために「美意識」を鍛えている
なぜならこれまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りはできないことを理解しているから

具体的な3つの理由
1.論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある
→正解のコモディティ化
→分析的・論理的な情報処理スキルの「方法論としての限界」
→VUCA:Volatility=不安定/Uncertainty=不確実/Complexity=複雑/Ambiguity=曖昧 な世界の状況に対する適切な振る舞いについて
→いたずらに論理的で理性的であろうとすれば、それは経営における問題解決能力や想像力の麻痺をもたらすことになる
→全体を直感的に捉える感性と「真善美」が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や想像力が求められる

2.世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある
→ロバート・ウィリアム・フォーゲル「世界中に広まった豊かさは、全人口のほんの一握りの人たちのものであった「自己実現の追求」をほとんどずべての人に広げることを可能にした
→世界は巨大な自己実現欲求の市場になりつつある
→このような市場で戦うためには、精密なマーケティングスキルを用いて論理的に昨日的優位性 や価格競争力を形成する能力よりも人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要になる
→ジャンボードリヤールの明確な指摘:先進国における消費行動が「事故表現のための記号の発信」に他ならない

3.システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している
→現在のように変化の早い世界においては、ルールの整備はシステムの変化に引きずられる形で、後追いでなされる
→そのような世界においてクオリティの高い意思決定を継続的にするためには明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく内在的に「真善美」を判断するための「美意識」が求められことになる

デミング博士による
「測定できないものは管理できない、と考えるのは誤りである。これは大小の大きい誤解だ。」

カント「判断力批判」による
美とはなんらかの対象の合目的性の形式であるが、それは当の合目的性が目的の表象を欠きながら、その対象について知覚される限りのことである
→美しいということは何らかの普遍的妥当性がある(目的がはっきりしていない場合においても「美しい」と人が感じる時には、なんらかの価値判断に沿っている)

経営の意思決定においては「論理」も「直感」も高い次元で活用されるべきモードである

哲学に代表される美意識の育成

ミンツバーグによる
経営とは「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の混ざり合ったもの
アートは組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークホルダーをワクワクさせるようなビジョンを生み出します。
サイエンスは体系的な分析や評価を通じてアートが生み出した予想やビジョンに現実的な裏付けを与えます。そしてクラフトは地に足のついた経験や知識を元にアートが生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していく

経営における「アートのアカウンタビリティ問題」「天才の否定」
「非論理的」から「超論理的」とも言える意思決定へ

トップに「アート」を据え、左右の両翼を「サイエンス」と「クラフト」で固め、パワーバランスを均衡させる

、絵を描くことはリーダーの求められる様々な認識能力を高めることがわかっており、実際に自ら芸術的な趣味を実践しているという人ほど、知的パフォーマンスが高いという統計結果もある

ジャンボードリヤール「消費社会の神話と構造」
消費という行動は一種の記号の交換である。
人々はけっしてモノ自体を(その使用価値において)消費することはない。理想的な準拠として捉えられた自己の集団への所属を示すために、あるいはより高い地位の集団を目指して自己の集団を抜け出すために、人々は自分を他者と区別する記号として(もっとも広い意味での)モノを操作している。

濱口秀司「デザイン思考を超えるデザイン思考」
言い換えると、イノベーティブなアイデアがあり、それをもとに製品・サービスをつくったとしても、機能、デザイン、ストーリーの3つを認知させなければ世の中に受け入れられないのである。
時代とともに技術やデザインの差異から生まれる競争優位性は、コピーという攻撃性を受けた際にポジションを守ることが困難になっているが、ストーリー性だけはコピーされてもオリジナル価値がが揺るがない最後の価値である。

・絵画を見る / VTS
・哲学に親しむ
 →どのような知的態度で世界や社会に向き合うか
・文学を読む/詩を読む
→メタファーの引き出しを獲得する

知的反逆
哲学を学ぶことで「無批判にシステムを受け入れるという悪」に人生を絡め取られることを防ぐ
システムの内部にいてこれに最適化しながらもシステムそのものへの懐疑は失わない。そしてシステムの有様に対して発言力や影響力を発揮できるだけの権力を獲得するためいしたたかに動き回りながら理想的な社会の実現にむけてシステムの改変を試みる

レトリック能力と知的活動
メタファーを有効に活用することで知的生産を効果的・効率的に行うことが可能。リーダーがやれる仕事というのは徹頭徹尾「コミュニケーション」でしかない。
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感想めも:
・アートと哲学勉強しよ
・マーケティングやブランディングにおいて「自己承認欲求」や「ゲーミフィケーション」という言葉を使うのはもうダサいという風潮が少し前から確実にあって、顧客やユーザーの「自己実現欲求」に対してどのように真摯に価値を添わせていくかという考え方が主流になってきているのを肌で感じている。顧客が賢くなっていく中で彼らの人生に対してどのような価値を与え、彼らの人生に対してどのようなストーリーをこの商品・サービスと共有するのかを真摯に訴えていく必要がある。(それが一過性のPRやキャンペーンでないのであれば)
・あと個人的に気になっているのは「顧客のデザイン過敏性」である。自分の持つ価値観に対する違和感やマッチしないポイントへの拒否反応、あるいはそのブランドが見せる些細な非合理的な隙への批判など、デザインに対し顧客が敏感に感じ始めている。これらに対してはストーリーとビジュアルの一致/ブランドガイドラインが有効だが、それら全体を通じてのブランディングがより重要になると考えている。
・dopboxのブランディングのやつめっちゃおもしろかった、ああいう風に大きなストーリーを導ける力をつけたい。
>> https://www.gizmodo.jp/2017/10/dropbox-brand-design.html

はー勉強しよ

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