協調性のなさはここにも

好意には複雑な階層が存在していて、「セックスできる」と「一緒に暮らせる」は、全く別次元のものであるということを知った。賢くなったよ…

帰宅する。ものの配置がちょびっと違っている。お風呂にはいる。違う長さの髪の毛が落ちている。見慣れない歯ブラシが立っている。便座の蓋が上がっている。イラッとした。

寝ようとしたお布団から、私じゃない匂いがする。もう、致命的だ。

そこから脳内に「行動ホルモン」が大量分泌され、自宅の大掃除わず。ドラム式乾燥機がぐわんぐわん回っています。ほんとごめん、今回の客人よ。体内への侵入は許せても、部屋への侵入は許せなかったらしい。

そういえば、タラレバ娘で男前マスターが言っていた。

「お互いこの歳まで一人だから、相手に合わせるのも簡単じゃないよね」「東京タラレバ娘」13話:タイムマシン女−東村アキコ

ひとりが長くなると、こだわりや固定観念が硬化して、どんどん排他的大人になってしまうのだろうか。自己分析したところ、今回の件は「外では親切なわたしでしょう?だから家では好きにさせて。フリーダムー!」みたいな思考に基づく、私の自由な空間が侵されたことに対する怒りのようであった。

解決方法は、、何だろう。相手の好意と親切な行動が台無しである。

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