報道の在り方とは
Shin Myc
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臨場感が伝わる報道

我々視聴者が惨状をある程度知った上で、ではそれを見た私達に何ができるのか、何をすべきなのかを具体的に知らせてくれる報道こそが有意義だと思います。

現状では、私自身もささやかな寄付程度しかすることができません。実際に現場で何がどのぐらい必要とされているのか見当もつかないので、とりあえず「お金」と間接的に関わることで何もしないよりはマシだというように、言わば自分の中の罪悪感の解消の様な形になってしまってしまうのです。間接的な援助は確かに無いよりはマシかも知れませんが、ニーズに沿うことが出来ていない以上、それこそ他人任せの自己満足に過ぎないと思います。報道を見る限りの惨状が続く現在において、お金なんか貰っても何も買うことが出来ないし、何の役にも立たないかもしれません。

しかしそこで、現場で実際に見ている報道陣は、直接被災者の方々の声を聞くことができます。せっかくの生中継で被災者の方々に「被害はどうですか」と不必要なことをわざわざ聞くのではなくて、せめて「何が必要ですか」と何故聞けないのでしょうか。テレビ局は私達にとって馴染みのある、本来信頼できるメディアであるはずです。その影響力を活かして、どこに、何をどうすれば良いのかということを具体的に(本当にお金が必要ならお金をでもいいです)報道して欲しいと思うのです。

被災地の臨場感を伝える報道とは、悲惨な結果を映し出す映像ではなく、実際に必要なこととは何かを被災者の方々の声を通して具体的に報じることなのではないかと思います。結果を視聴者に知らせるというところに留まらず、視聴者を巻き込むことのできる、未来に繋げる役割をメディアは担うべきだと思います。

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