何かの誰かのせいではない。すべてはつながっている。わたしという中心から。

気分が落ち込んでいる。思うように事が運ばない。

そんな時に周りを見渡せば、嫌な出来事が続く、嫌な人が側にいると感じたり、今居る場所、部屋がどんよりとしていて、散らかっているかもしれない。

しかし、今、目の当たりにするものが、私そのもの、自分自身を現していると、認めて“受け入れる”ことができたら、人生は大きく変わって行くのではないか。

嫌な出来事が、大きな気づきに変わり、ありがたいことに変わるかもしれない。嫌だった人に対しても、見方が変わるかもしれない。

アンラッキーやネガティブな想いの源を、何かの、誰かのせいにすることをやめて、自分の思い込みが産みだしているという現実に気付く事。

細部だけを見つめるのではなく、出来る限り遠いところから、俯瞰的に物事を見つめてみれば、すべてはつながっている。

私という中心のハートは、宇宙とつながっている。

目の前に起きる事象は、わたしそのものだという認識を、本当に心から受け入れることが出来るなら、全ての中に意味を見いだせる。

悲しみ、怒り、嫉妬、、ネガティブな想いは、自分の弱さに気付き、成長を促してくれるためのものかもしれない。

だからすべてを受け入れてあげて、気付いてあげて、人間らしい自分を慈しもう。

一人で生きているのではないからこそ、様々な感情が生まれる。それが人間なのだろう。

けれども、そんな弱さと出逢ったなら、きっと、愛の光の存在であることを思い出す事が必要なのかもしれない。

自分が変われば、周りも変わるという。きっとそれは、自分から放たれるその光が周りを照らしてくれるから、美しく見えるようになるのだろう。

きっと、本当は世界はもっと美しい。

自分が光輝く存在になって、周りを照らせばいい。

輝きを失うと、周りが暗く見えてくるから、嫌な出来事ばかりが起こっているように見えるけれど、誰かのせいにしたくなるけれど、全ては私の中心とつながっている。

何かの、誰かのせいではない。

私のハートが輝きを取り戻せるように、気付いたネガティブな想いを手放して行こう。

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