リニアをアメリカに売り込む本当の理由とは?

Sam Holden
10 min readNov 15, 2015

リニアがアメリカで実現するという妄想

日本のリニアモーターカーをワシントンDCーバルティモア間で整備する構想で、今月上旬にアメリカ運輸省が約2800万ドルの調査費を計上したというニュースは、インフラ輸出に力を入れている日本政府やJR東海にとってかなりの朗報だった。運輸長官のリニア実験線視察とともに発表されたこのニュースが日本のメディアで広く報道され、日本のインフラ輸出が一歩前進したと思った人は少なくないだろう。2013年安倍首相がオバマ大統領に直接リニア技術の無償提供を提案してから地味に続けてきたロビー活動はようやく報われたようだ。

日本政府やJR東海がリニアの導入を目指しているのは、北東回廊(Northeast Corridor / NEC)の一部であるワシントン=ニューヨーク間です。約360キロで、現在アセラという特急列車が走っているが、従来の新幹線なら90分で走る距離が最短で3時間以上かかり、高速鉄道とはとても言えない。アメリカの中で人口が最も密集していて交通機関への依存度が高い地方なので、高速鉄道を整備するメリットが提唱されて久しい。そしてこの路線を所有する鉄道公社アムトラックのマスタープランでは、2040年までに約18兆円を投資してボストンからニューヨーク経由でワシントンまでの区間を新幹線並みの規格にする提案も出されている。まさに日本のインフラ輸出に適している場所である。

しかし、リニア構想はどのぐらい実現可能でしょうか?数年前に、アメリカの高速鉄道整備が本格的に始まることが期待されていた。2009年に圧勝で初当選したオバマ大統領が高速鉄道を次世代インフラの中心に位置づけ、リーマンショック後の景気刺激策の中に約1兆円の建設予算を入れた。同じ選挙でカリフォルニアは住民投票を行ってサンフランシスコ=ロスアンゼルスを結ぶ高速鉄道の建設に乗り出すことを決め、オバマ政権はその後毎年数千億円の高速建設費を連邦予算に組み込む考えを示していた。

残念ながらオバマ大統領が描いたこの高速鉄道の夢は、発車して間もなくアメリカの政治の現実に衝突した。景気刺激策の約一兆円はアメリカ各州の様々な計画に分配され、景気刺激のために着工を急がれていたが、2010年の中間選挙の知事選で共和党候補が勝利した後、フロリダ州・オハイオ州・ウィスコンシン州は鉄道建設費の全額補助金を連邦政府に返した。大不況の中で県知事が「国のお金なんていらない!」と言って中央政府に補助金を返すことは日本ではとてもありえないけれど、アメリカではそのことが起きたのだ。残念ながら、民主党と共和党のイデオロギーの対立が深まる中で、多くの共和党員は鉄道を民主党が推進する「社会主義」的なものとして見なし、各地で猛反対するようになった。影響力を持つ保守派のコラムニストのジョージ・ウィルは2011年にオバマの高速鉄道計画についてこう書いている

進歩主義者が鉄道を促進する本当の狙いは、集産主義を導入しやすくするためにアメリカ人の個人主義を弱めることだ。
The real reason for progressives’ passion for trains is their goal of diminishing Americans’ individualism in order to make them more amenable to collectivism.

車社会で暮らすアメリカの保守派ではこのような考え方が一般的である。大都市圏に住んでいないアメリカ人は鉄道への理解度がもともと低い上に、政府によるインフラ投資を拒否するイデオロギーが強まってきた今では、高速鉄道などの大事業の合意形成がますます難しくなってきている。

カリフォルニアでは、今年1月にようやくSF-LAの高速鉄道は着工したが、連邦政府からの新たな予算が見込めない中で最初は都市部から遠い区間のみの建設となり、在来線との乗り入れ体制で運行を始める予定だ。約10兆円かかる鉄道の全線開通のめどが立っていないが、早くとも30年代〜40年代になりそうだ。

Portal Bridge, New Jersey (New York Timesより)

連邦政府が麻痺している間に、既存のインフラの老朽化がどんどん進んでいる。例えば、上の写真のポータル・ブリッジという鉄道橋はワシントン方面からニューヨークのマンハッタン島に入るちょっと手前にあり、毎日NECを走る約450本の長距離列車や通勤列車が通る極めて重要な橋だ。築105年で、木造の部分が多いため、架線から火の粉が飛んで時々橋が燃えたり、船が通るたびに橋を回転する機械が壊れて通れなくなったりするため、毎年数百回大幅なダイヤ乱れの原因になって多大な経済的損失を及ぼしている。それでも新しい橋をかけるのに必要な約千億円の建設費を州も国も払いたくないと言っているので建て替えの計画が進んでいない。

Hudson River Tunnel (New York Timesより)

上の写真のハドソン川の下を潜るトンネルも築105年で、数年前の大嵐の際に浸水して腐食が進んでおり、あと10年も持たないかもしれないと言われている。7月に三日連続でトラブルが起き、何十万人もの通勤者がニューヨークに入れなかった。新設トンネルの工事はニューヨーク経済にとって死活問題だ。しかし国会の協力がない限り、新しいトンネルを掘る約2兆円の確保が極めて難しい。

脱線事故は毎年のように起き、今年5月にワシントンとニューヨークの間のフィラデルフィアで8人が死亡した。日本の関係者はこう言ったNECの既存インフラの老朽化が最先端のリニア技術を導入するチャンスでもあると考えているようだが、この悲惨な状況が当たり前になってきたのにまともな対策を打たないアメリカは、本当にそんなに思い切った行動を取るのだろうか?

本当はアメリカがリニアモーターカーを導入する可能性がゼロに近い。そして日本の関係者はみんなこれを知っているはずだ。

中央政権が強くて何十年先まで見据えた計画をトップダウンで実行できる日本や中国に比べて、アメリカの分散型政治制度は構造的にリニアのような国家メガプロジェクトに適応していないのだ。そのため、今後高速鉄道の建設はヨーロッパの多くの国と同じように、段階的に在来線を高速鉄道の規格にアップグレードして財源が確保次第少しずつ延長されていくことになるのは、言われるまでもない常識なのだ。リニアの技術の致命的な弱点は、システム全体が完成するまで何の役にも立たない日本のリニア計画でも同じ弱点があり、2045年に大阪まで全線開通するまで名古屋以西の利用者にとっての利便性が大して上がらない。残念ながら、日本と違い、役立つまで10兆円以上の投資が必要になるインフラを本音で作ろうと思っているアメリカの政治家は誰もいないのだ。

しかしアメリカの鉄道の鉄道の状況を伝えるのは本稿の目的ではない。この話をしてきたのは、アメリカでのリニア建設がいかに妄想だということを伝えるためだ。しかし次の質問が浮かび上がってくる:

建設が不可能だったら、日本政府やJR東海はなぜそんなに無駄なPRを続けてリニア売り込みにこだわるのでしょうか?

日本の関係者は恐らくこの売り込み活動が無駄足だということを知っている。不可能なリニアを諦めて段階的に投資できる従来の新幹線技術で整備する計画に力を入れれば日本にとって有利ではないのか。

アメリカへの技術の無償提供案の代わりに、超伝導磁石の冷却に大量必要になるヘリウムの安価供給を確保する戦略だという意見もある

ケネディー大使と安倍首相 (WSJより)
メリーランド州知事と視察団 (毎日より)
フォックス運輸長官 (YouTubeより)

面白い仮説だが、アメリカのリニアの実現が取引の前提である。しかし日本の関係者はアメリカでリニアが実現することを期待していないのだと思う。

でも、リニア売り込みはアメリカに向けてのPRではなくて国内メディアを通じて日本人をターゲットにしたPRだと考えれば、ロビー活動を続ける理由が確かにある。

アメリカの政治家を次々と実験線に連れて行き、「すごい乗り物だ。さすが日本の技術力を感じた。ぜひ我が国でも実現してほしい」と言わせることによって、外国に評価されることに弱い日本人は工事が始まったばかりの中央新幹線をもっと支持するかもしれない。

JR東海はこれから中央新幹線建設で5兆円ほど借金を背負い、予想を超える難工事や名古屋以西の区間の前倒しなどで国の支援が必要になるかもしれない。この巨大なリスクを正当化しないといけないが、東海道新幹線の交通能力不足や時間短縮や経済効果や防災など今まで挙げてきた理由はどれも説得力に欠ける。だから、日本の技術力の結晶であるリニアの海外輸出によって日本のシンボルになりうる可能性をアピールし、戦後の開発主義やナショナリズムと結びついたこの夢=妄想を日本人に持たせようとしているのではないか。

真面目に検討していないのなら、オバマ政権はなぜリニア研究に2800万ドルの調査費を計上したのだろうか。TPPで日本との経済統合を目指し、インフラ輸出が日本の政府や産業の優先事項であることを理解しているオバマ政権は、この費用を日米同盟の維持費として割り切っていることは考えられないでしょうか。

リニアは海外で採用されない時代遅れの無用の長物だ

国鉄がリニアの研究をし始めたのは1962年、中央新幹線の一部となる山梨実験線が着工されたのはバブル最中の1990年だ。高度成長期に構想され、バブル時代に実現に向かったリニアは、慣性で走っている時代遅れの技術であり、人口減少社会に全くふさわしくないと国内でもよく言われている。だが、リニア推進派は計画の多くの欠点を軽視しながらメディアや政治を駆使し、中央新幹線をなんとか着工まで推し進めてきた。

リニアが構想された時代は、速く、効率よく、成長・拡大するものを重視する価値観が主流だった。同じ時代に、移動に革命を起こすはずの乗り物がもうひとつあった。コンコルドという超音速旅客機は製造が中止されるまでに20機ほど作られ、76年から03年までヨーロッパと北米をおよそ3時間で結んでいたが、経営の悪状況に加え、空港付近の住民による反対運動や安全性や乗り心地がずっと問題視され、ようやく廃棄された。

コンコルドの失敗で明らかになったのは、時間短縮が全てではないということだ。コスパ、エネルギー効率、既存の鉄道との相互性、維持費、リスクの面ではリニアはコンコルドと同じ弱点を持っている。アメリカだけでなく、もはやこの時代遅れの夢に見とれる国はどこにも存在しないでしょう。日本人のプライドを煽るための海外輸出の夢=妄想に左右されず、リニア建設が本格化する今、その必要性を改めて考えるべきではないか。

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Sam Holden

I live in Tokyo and helped to create Tokyo Little House. I like to think about degrowth, geography, cities, culture.