作業ミスの原因分類・再発防止策立案フレームワークの提案

Takeru Saso
15 min readDec 1, 2018

※この記事はGYOMUハックAdvent Calendarの2日目の記事です。

はじめに

日々、業務をしていると、どうしても発生してしまう作業ミス。どんなに気をつけていても、何かの拍子にうっかりミスをしてしまったことが、誰にでも少なからずあるのではないでしょうか。ミスした結果、大きな問題に繋がらなければ幸いですが、もし会社や顧客へ損失を与えてしまった場合、近年では必ずと言っていいほど「原因分析」「再発防止策」を盛り込んだ報告が要求されます。何人もの人が多くの時間を費やしてミスの原因分析を行い、挙がってくる再発防止策の多くは「社員の気を引き締めて、ミスの再発防止に全力で取り組む」「再度、作業手順を周知徹底する」「ダブルチェックを徹底する」といったもの。

その後、職場に緊張感が生まれ、確認作業を増やしたことで、一時的に作業ミスが減ったように見えます。しかし、職場全体で緊張感の高まりによる精神的負担と、チェック作業分の工数増による肉体的負担が増加します。徐々に、社員1人1人の疲労が蓄積され、うっかりミスが発生しやすくなります。

しばらくすると、どこかで誰かが別のミスを起こしてしまい、改めて「気の引き締め」「作業手順の周知徹底」「ダブルチェックの徹底」が謳われる。そして、また誰かがミスをする。これが繰り返されるうちに、段々と職場から活気が失われていく、、、という状況は極端かもしれません(筆者は実際に活気が失われた現場を見たことがありますが)。しかし、作業ミスの発生や、それに伴う原因調査・分析、再発防止策の立案と周知徹底、といった一連の流れを、愉快ならざる気持ちと供に、大なり小なり経験している人は多いはずです。

なぜ作業ミスは無くならないのでしょうか?この問いに答えるためには、作業ミスが発生する原因と、その原因に対する適切かつ効果的な対策への理解が欠かせません。そこで、この記事では、作業ミス発生のメカニズムや再発防止に関するいくつかの研究論文を参考にしながら、作業ミスの発生原因を分類・整理します。そして、それぞれの原因分類に対する再発防止策立案のフレームワークを提案します。

作業ミスの原因分類

作業ミスはなぜ起きるのでしょうか?作業ミス原因の分類についてGoogle検索すると、いくつもの原因分類の考え方が見つかります。あるサイトでは「発生原因による分類」「人間の行動から分類」を行っており、別のサイトでは12パターンに分類していたり。どれもよく作業ミスを分析し、納得の行く分類をしてくれていますが、こう何種類も分類方法が存在すると、どれを採用すれば良いのか迷ってしまいます。

しかし、それぞれの分類内容を見比べてみると、ある種の共通点が存在し、再分類することで1つの考え方に集約することが可能であることが判ります。結論を言ってしまいますが、作業ミスを大きく分類すると、下記のたった2つに集約できます。

  1. 作業者が原因で発生するミス
    作業者の知識・スキル・モラルが低かった事により、作業手順を守らなかった事が原因
  2. 作業環境・手順が原因で発生するミス
    作業計画・環境の不備や、作業手順が煩雑・複雑・困難など、作業者がミスを起こしやすい危険性を抱えていた事が原因

中央大学 経営システム工学 中條武志教授の1999年の研究論文「作業管理システムが作業ミスの発生に与える影響」によると、155の企業に対して作業ミスの発生状況・原因分類について調査を行った結果、作業ミスの原因は以下の様に分類されました。

作業ミスの分類と各項目の割合

上記の調査結果は 、作業ミスや再発防止に関して色々と考えさせられる興味深い結果です。上記の調査結果による作業ミスの原因分類と、それに対する再発防止策について、以降詳細に述べていきます。

作業者が原因で発生するミス

作業ミスの60%を占めるのが、作業者の知識・スキル・モラル不足が原因となるミスです。これらのミスは「作業者を訓練することで防止できるミス」とも言えます。従って、それぞれの不足を補う訓練を行う事が再発防止策になりますが、組織側が訓練をサポートする体制や訓練を奨励する風土や評価制度が不可欠です。作業者起因のミスだからといって、作業者の努力任せにするのではなく、組織側の取り組みが重要である点に注意してください。

作業者の知識不足

作業者が手順を知らなかったため、手順通りに作業できずにミスを起こしたケースです。新人が起こしがちなミスですが、再発防止は下記2点の様に容易に対応可能な内容になります。

  1. 作業手順書を作成・更新を奨励する事を義務付ける・奨励する
  2. 作業手順が判らなくなった場合に、気軽に質問・相談できる担当者(メンター)をつけてあげる

「新人が起こしがちなミス」と前述しましたが、組織の課題として捉えると「手順書整備や新人のケアに時間を割く事を重要と考えない職場」にありがちなミスとも言えます。組織として、上記活動を奨励・評価する取り組みも非常に重要です。

作業者のスキル不足

作業者が手順を知ってはいたものの、作業で使うツールを使いこなす事ができずミスを起こしたケースです。筆者が実際に見た実例として、以下のようなミスがありました。

  • Excelで別シートからのデータをVLOOKUP関数で結合する際に、4番目の引数を省略したために、無関係なデータを紐づけてしまった
  • Excelで全データをコピー&ペーストする際に、先頭行からCtrl+Shift+↓で選択しようとしたら、途中の行で空白セルが存在したためにコピー漏れが発生した

上記例は、Excelで作業をしているとたまに遭遇する「あるあるネタ」です(ピンと来ない人は試してみてください)。これも新人が起こしがちなミスであり、以下のように新人作業者をケアする事が再発防止策になります。

  1. ツールを高度に使いこなす必要が無いような簡単な作業を担当するところから始め、徐々に複雑な作業にOJTで慣れてもらう
  2. ツールに関する作業上のノウハウを勉強会や資料の形で共有する

もちろん、組織として上記活動を奨励・評価する取り組みが重要であることは言うまでもありません。

作業者のモラル不足

作業者が手順を知っていて、手順通りにこなすスキルを有していたにも関わらず「故意に」手順を無視したためにミスを起こしたケースです。要するに「ルール違反」が原因なので、素直に考えると「ペナルティを課す」が再発防止になりそうです。しかし、ルール違反を犯したからと言って、安易にペナルティを課すことが再発防止として効果があるのか、甚だ疑問です。例えば、2005年に発生した福知山線脱線事故では、JR西日本の懲罰体質が事故原因の一つと言われており、自己調査委員会の報告書においても「運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が(事故発生に)関与した可能性が考えられる」と行き過ぎたペナルティが逆効果になった可能性を指摘しています。作業者のモラル不足による作業ミス対策は、安易にペナルティを課すのではなく、根本原因を掘り下げて慎重に検討すべきです。

早稲田大学 経営システム工学 小松原明哲教授は、2008年の総説論文「規則違反のメカニズムとその人間工学的対応に関して」において、人間がルール違反を犯すメカニズムを考察しています。上記論文によると、ルール違反のメカニズムには下記5つの共通傾向があります。

  1. ルール違反を起こさせる動機が存在する
    利益感情(結果を良くしたい・コストを減らしたい)がルール違反の動機になります。例えば、クライアントの無茶な要求に応えようとして、ルール上認められていない事をやった結果のミスや、時間が無い中で納期になんとか間に合わせようと、本来やるべきチェックを省略したためにミスを検知できなかった、などです。
  2. コントロール感が影響する
    ルール違反に伴うリスク増に対し「自分ならミスを起こさないだろう」とリスクをコントロールできると感じている人がルール違反を犯しやすいです。そのため、新人よりも経験豊富なベテランの方がルール違反を犯しやすい傾向にあるようです。
  3. バリアにより抑止される
    軽微なルール違反を見過ごす事なく指摘することでペナルティを受ける可能性を喚起したり、ルールの存在意義を明確にした上で周知する事が、ルール違反への抑止感情として働くことが期待できます。
  4. 組織風土の影響を受ける
    ルールを軽視する組織では、当然ルール違反が横行します。前項に関連しますが、軽微だからといってルール違反を見過ごしたり、ルールの存在意義を明確にしなかったり、そもそも存在意義の無い余計なルールを放置していると、ルール軽視の風土が生まれてしまいます。
  5. ルール違反には学習性がある
    ルール違反が一度成功してしまうと、二回目以降のルール違反に対する抑止感情が鈍磨し、常習化してしまいます。

上記の様に、人がルール違反を犯すには然るべき理由があります。その理由を踏まえると、再発防止策は「手順を遵守する意義を周知するための講習会を定期的に実施する」という作業者への啓蒙活動だけではなく、下記2点の組織的な対応も必要です。

  1. 定期的に手順の妥当性を見直す
    手順を遵守すべき意義はあるか、手順通りに作業することが過負荷になっていないか、の観点で手順から無理・無駄を無くす事が、ルール違反の動機付けやルール軽視の風土が醸成される事を防止に繋がります。
  2. 手順が遵守されているか、定期的に内部監査する
    ルール違反が常習化しないよう、定期的に手順通りに作業が行われているか、エビデンスをチェックすることが、抑止感情醸成に繋がります。

ちなみに、作業者への講習会や、内部監査の効果について調べてみたところ、調査研究論文「作業者を教育・訓練・動機付けする方法と標準に従って作業していなかったミスとの関係」において、ルールの意義を指導した度合い・内部監査の度合いに応じて、ルール違反の発生率に影響があることが確認されています。

作業環境・手順が原因で発生するミス

作業ミスの残りの40%を占めるのが、作業環境・手順が原因で発生するミスです。これらのミスは「作業環境・手順を改善する事で防止できるミス」ですが、作業者に着目して言い換えると「作業者を訓練しても防止できないミス」です。つまり「人間は必ずミスをする」という前提に立った原因分析・再発防止策検討が重要になります。

計画・環境不備

作業スケジュールに無理があったり、作業者が不足しているなど、作業者に高負荷がかかることによる疲労蓄積から、うっかりミスに繋がるケースです。

作業ミスの原因がうっかりミスだった際に、たまに「気がたるんでいるからだ」「緊張感が足りないからだ」みたいな事を言う人がいますが、これは本当なのでしょうか?大脳生理学の研究によると「No」であるようです。下記表は、人間の意識フェーズとエラー発生率の関係を表した表です。

出典: 橋本邦衛(1984)「安全人間工学」、中央労働災害防止協会

この表によると、人間は疲労している時にエラー発生率が非常に高くなるのは当然として、緊張させすぎても同じくらいエラー発生率が高くなる傾向にあります。つまり、うっかりミスを防ぐためには、緊張感を煽るよりもリラックスして作業に専念できるように、環境を整えるべきなのです。

計画・環境不備への再発防止策は、素直に考えると「余裕を持った作業スケジュールをひく」「作業人員に余裕をもたせる」となりますが、現実には非常に難しいです。特に人員増強は、適切な人員の調達や立ち上がりに時間がかかる上、教育・フォローのために周囲の作業者の負担が一時的に増加します。次項における手順不備に対する再発防止策を検討するのが現実的です。

手順不備

作業手順の内容が煩雑・複雑・困難なために、作業者がうっかりミスをするケースです。再発防止のポイントは「作業方法を人間に合わせて単純にする」ということです。前述の中條武志教授は「人間信頼性工学:エラー防止への工学的アプローチ」において、うっかりミスの再発防止策の考え方として「エラープルーフ化」を解説しています。

エラープルーフ化の考え方

エラープルーフ化は以下のように、大きく分けて「発生防止」「波及防止」の2つから構成され、それぞれにいくつかの手法があります。

それぞれの手法毎に防止効果と実施コストの高低があるため、エラープルーフ化に基づく再発防止策の立案時は、予算・工数・スケジュールに応じて適切な手法を選択するだけでなく、複数の手法を同時に適用して組み合わせる事も検討すべきです。

以下、それぞれの手法について説明します。

発生防止

発生防止は、作業ミスを引き起こす危険性のある手順を無くしたり、より安全なやり方に変更する事で、作業ミスを無くすという考え方です。いわゆる「再発防止」は発生防止(エラーゼロ)の文脈で語られることが多いため、納得しやすい考え方かと思います。

発生防止には下記3つの手法があります。

  1. 排除
    作業手順を見直し、作業ミスに繋がる手順を取り除くやり方です。作業自体が無くなるため、その作業に起因するミスは完全に無くなります。しかし、作業手順を抜本的に見直して再構築する必要があったり、関連部署や社外との調整が必要になることが多く、実現のために大きなコストが必要とされます。
    また、業務プロセス全体に影響が出ることが多いこともあり、作業担当者が思いつくのが難しい手法でもあります。業務プロセス改善の企画部署やタスクフォースのような専門組織を立ち上げる事が、立案・実行に必要です。
  2. 代替化
    作業ミスが起こりやすい作業手順を、人間ではなく作業ミスを起こしにくい別の何かに任せるやり方です。簡単に言うと「システムによる自動化」になります。システムの開発や導入のためのコストが掛かりますが、人間の手作業ではなくなるので、うっかりミスの発生はなくなります。ただし、システムのバグによるトラブルの発生リスクが別途発生するため、防止効果は排除よりも劣ります。
  3. 容易化
    作業を工夫することで、作業ミスを減らす手法です。作業担当者レベルで立案・実施できるため、実施コストは最も低いです。しかし、手作業がゼロになるわけではないため、うっかりミスの発生は残ってしまうのがデメリットです。

波及防止

波及防止は、ミスの発生を許容した上で、ミス発生による影響を最小限に食い止めるという、非常に現実的な考え方です。前述しましたが、いわゆる「再発防止」は「エラーゼロ」の文脈で語られることが多く、波及防止のアイデアは通常挙がって来ることが少ないです。しかし、再発防止の本来の目的は「エラーをゼロにすること」ではなく「エラーによって発生する損失をゼロにすること」です。極端な話、損失が出ないのであれば、エラーを起こしても誰も文句を言いません。
波及防止は、実施コストが低い上に、発生防止と組み合わせる事が可能なため、再発防止策として検討・実施しない手はありません。「エラーゼロ」みたいな理想論に囚われず、是非とも実践したい考え方です。

波及防止の手法は下記2つです。

  1. 異常検出
    後続の作業や業務プロセスにおいて、作業結果のチェックを行うことで、作業ミスを検知・リカバリする手法です。作業のWチェック工程を設けたり、チェックツールを開発・定期実行するといったやり方になります。
  2. 影響緩和
    作業ミスが発生した際に、ミスを速やかにリカバリできるよう予め準備しておく手法です。例えば、作業ミスで重要なデータを破損・消失した場合に備えてデータを定期的にバックアップしておく、作業ミスのリカバリ手順書を用意しておく、などといったやり方になります。

作業ミスの原因分類・再発防止立案のフレームワーク

ここまで説明した作業ミスの原因分類・再発防止立案のフレームワークを、下記のようにフローチャート化しました。ご活用いただけると幸いです。

最後に

今回提案したフレームワークは、以前勤めていた会社でトラブル再発防止チームとして活動していた際に、参考資料として収集したシステム工学や品質工学の論文をベースにし、自分のトラブル再発防止チームにおける拙い経験を補足して整理したものです。当時は業務多忙のため、このような形にまとめきれなかった事がずっと心残りでしたが、転職して多少時間が取れるようになったのを機に、形にしてみました。

作業ミスの再発防止は一筋縄ではいかない、地道な戦いではありますが、色々研究してみると面白くも感じます。今回盛り込む事ができなかった興味深い論文が他にもいくつかあるので、機を見て記事にしてみたいと思います。

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Takeru Saso

保険会社で働くソフトウェアエンジニアです。業務改善を専門としています。