東大の試験問題が変わると日本の英語教育は変わる?

すでに半年以上前の話になってしまうが、今年から東大の英語の問題が大きく変わり話題になった。私は常々「東大の英語の試験が変われば、日本の英語教育が変わる」と言い続けてきたが、果たして本当にこの状況が到来し、日本の英語教育は変わるのかを考察したい。

http://www.tomokihirano.com/wp-content/uploads/2016/04/question.png より)

60〜80語という比較的短いPassageで「あなたの思うこと」を表現しなければいけないこの問題で問われている英語力とは、果たしてどのようなものであろうか。

まずこの写真を見てこれが遠近法を使って撮られている「だまし絵」であることは分かる。Instagramなどでよく見かける手法であるが故に、受験生世代にとっては取り立てて議論をするほど珍しいものではないだろう。それでもこれが東大の二次試験で出題されれば、真面目に取り組まざるをえない。東大の二次試験にすすめるような秀才であれば、これが答えの無い問題であることも明らかで、そこに勇気を持って自分の論を進めていかなければいけない。

そこで自分で解いてみた。日本でのみ英語教育を受けている私が解いてみて分かったことは、この問題では、人間として当たり前の知覚から来る違和感とそこに潜むストーリーを、ロジックに置き換えて説明をする力。そして、自分が知らない英語であろうとも、自分の知っている範囲の英語で説明をする力が求められている、ということである。

普段なら素通りしてしまうような写真でも、そこに違和感を感じ、その違和感に対して自分でストーリーを組み立てロジックとして説明をする。これは、自分の考えを組み立てていくことが苦手な日本人が今すぐに国際社会で求められている力である。また、例えば「遠近法」や「だまし絵」といった、東大を受けるような受験生でも知らないような単語を、自分の知っている言葉で言い換えながら説明をする力は、英語力の高い低いは、語彙力だけによらないということのメッセージでもある。

この問題に対する記事の中で、違和感を感じるのは、この問題が入社試験で問われるようなコミュニケーション能力や発想力を問うような問題であるかのように扱われていることだ。(http://toyokeizai.net/articles/-/111537)違う、そんな奇抜なものではない。東大がこの問題を通じて問うているのは、今の時代に当たり前のように身に付けていなければいけない、基本的な英語力である。それをこのような問題で問うている東大の真意にこそ、グローバル化への舵取りを真剣に進めていこうとする意志すら感じるのである。高校生までに身に付けておかなければいけない英語力とは何か。それが今変わってきていることを示すのがこの問題であり、そういう意味で今年の東大の問題は良問であったと言えるだろう。

拙い英語で恥ずかしいが、自分の解答を下記に加えておく。
I can see the affection of the owner of the cat. Even if the cat was sleeping on the expensive carpet, he took a picture instead of waking him up. That means the cat is more important than the carpet for him. In the two-dimensional picture, you can see the closer objects bigger than the further ones. By using this method, the owner expressed his love towards the tiny creature. (70語)

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