サークル名『旅するエンジニア』

表紙・挿絵:@mssknd

リモートで仕事ができるエンジニアであれば、仕事を維持したままふらりと旅に出かけるということは不可能な夢ではない。筆者も、フリーランスになってから、会社員ではできないことを意図的にやろうと努めている。海外を頻繁に旅するのがそのうちの一つだ。

そうやって海外の情報を片手間で発信しているうちに、誰かに会うたびに「日本にいたのか」と驚かれるようになり、ついには2018年の技術書展5への出展に「旅するエンジニア」というお題目で一緒に書かないかとお誘いをいただくことになった。

もしチームで旅することができたら、どうだろうか。旅で得た体験もまた豊かになるはずだ。旅するチームというのは、どういう形がありえるのだろうか。いつも開発しているチームを、オフィスを離れて一時的に放浪してみるチームにする。他には?

旅をお題目にして即席のチームを組むというのは、可能だろうか。

本書は技術書というよりはエッセイ集になりますが、@40balmung, @kbaba1001, @mssknd の素敵なチームのおかげで無事入稿できました。

旅するエンジニアの生態に興味を持ってくださった方、是非池袋でお会いしましょう。

追記:ダウンロード販売について

現在、電子版をBoothで販売しています。技術書典に来る余裕がなかった方も、どうぞお買い求めください。


世界的に焦点が当たっているプラスチックの海洋流出。地上のごみ収拾活動を可視化することで環境問題に取り組んでいるピリカは、2017年から収集・分析の両面にわたりプロジェクトチームを組み、東京など各地の河川の水中物質の分析を続けている。先日行われた河口部水域での収集に参加することができた。

回収装置の組み立て

調査は川崎市港湾局の船着き場から始まる。船に乗り込むやいなや、持ってきた部品の組み立てが始まる。筆者も初期の簡易バージョンの装置試作や調査に関わっていたのだがその後改善され、スクーターでプランクトンネットに水を送り込んで内容物を濾し取るというのが現在のバージョンだ。


9/1,2の1泊2日で八ヶ岳(赤岳)(2899m)に途中まで登ってきた(朝霧のため登頂を中断)。

1日目

7:00新宿発のスーパーあずさに乗る。9時過ぎに長野県の茅野駅に到着し、アルピコ交通のバスのチケットを買って山麓へ向かう。

10:40。美濃戸口(1490m)。

轍のある林道を歩き、小屋がいくつかある登山口(1700m前後)へ11:30頃到着。ここで水が汲める。ここまでは車で来て車中泊する人も多い。花の落ちたホテイランをよくみかける。


高田馬場の「米とサーカス」で行われた昆虫料理研究会の昆虫料理イベントで昆虫を料理して食べてきた。(苦手な人は閲覧注意)

13時からのブリーフィングで今回のレシピ発表。参加者は26名。筆者が誘った人も何人かいる。

パスタの食材のセミ、ハチ、イナゴ。蜂の巣に詰まっている幼虫はピンセットでつまみだし、体内に蓄えている糞を絞って除いておく。


ミツバチの分蜂が始まる季節。蜂待ち箱をDIYする体験に参加したのでその記録。

計画を立てて設計する

今回は端材を使って作りやすいサイズで、三段で行く。

必要な部品を切り出す。軍手は巻き込まれるので禁物。


東へ向かうトゥクトゥクを捕まえる。同じ距離に見えても西の方面よりも代金が高いのは、夜市を迂回しないといけないからだそうだが、まあなんでもよい。

ドライバーはハンドルを握りながら、しきりにアプリで女の子の写真を何人もスワイプして見せ、目的地を変えようとする。また今度と言い、本当に東へ向かうのか確かめる素振りを見せると不機嫌にアクセルを踏み込み、あっという間に公園に着く。確認しておいた代金を渡しありがとうと言うが返事はない。

ナムカン川の岸へ降り、韓国のアイドルのロケチームをなるべく邪魔しないように、下流へ歩く。

リバーサイドパークの近くには向こう岸へ渡る橋がある。


ラオス、ルアンパバン。Chang Khamで朝食をとる。アメリカーノがエスプレッソのように苦い。1月なのに夜からの気温は十五度くらいを推移し、半袖だと耐えられないほどではないが、朝の雲が晴れるまでは思ったより冷える。

バゲットのサンドイッチといういかにもフランス風の定番を食べる。フレンチフライは先日食べたブリトーと同じ匂いがする。油の匂いだろうか。ちんどん屋のような行列が窓の外を通る。地蔵盆のようなものかもしれない。

決まった予定もなく街も小さいので、同じ道を何度も何度も歩く。サッカリン通りの写真ギャラリーに少し立ち寄ってみる。信号がないのでよそ見していると怪我をすることはあるかもしれない。

L’Etranger Books & Teaに入ってチョコレートを飲む。古本が読めるのだが、いらない本を置いていくと割引がきくので読書家がときどき訪れるようだ。

宿に戻り、ゲストハウス街をテラスから眺めていると、空港から着いたばかりの高齢者グループが部屋を探して炎天下を歩き回っている。スーツケースでなく大きなリュックを前後に背負っているのは、しかし男性だけではない。老いてもあのようでありたいと思う。

思い立って、おすすめされた市場へ少し遠出してみることにする。トゥクトゥクは来てほしいときに限って来ない。とはいえ、歩いても20分ほどなのでそれほどのいらだちもない。


2003年からあるMITの合成生物学コンテストiGEMなどに始まりこの数年で一般的なアイデアになってきたオープンサイエンスやDIYバイオのムーブメント。渋谷のFabCafe MTRLでも、Fabと食をつなげるような活動が活発に行われている。

筆者が参加したワークショップを運営するShojinmeat Projectは、動物を殺さないで作れる純肉(クリーンミート)の培養を目指して研究開発や広報・コミュニケーション活動を進めている。門戸を広く開いてオープンサイエンスにも注力できるよう、NPOと異なる独自のプロジェクト体制を敷いている。

発起人の羽生氏はSigularity Universityにも日本から参加している稀有な人物だ。

細胞培養全般について

スタッフによるセッションが順番に始まる。まずそもそも細胞とはどんなものかという話、それから細胞培養の歴史について。

シュライデンによる植物細胞(1838)、シュワンによる動物細胞の観察(1839)にはじまり、リンゲル液(1882)や抗生物質(1928)、Hela細胞(1951)そしてiPS細胞(2006)に至るまでの細胞生物学上の重要な理論・技術革新の流れを早足で追う。

続いて次の解剖のセッションのブリーフィングとなる。

細胞培養の全体像と解剖のイントロダクションを行う田中氏

解剖する

大雑把に言うと細胞からできた組織が個体を構成するとするのが細胞説だ。細胞からできたそれぞれの組織に対する実感を持とうということで、発生中の鶏卵の解剖を体験する。

映画の『Babel』には、鶏の首を折って殺す異国の見世物に小さな子供が衝撃を受けるシーンがある。ワークショップ参加者はというと、もちろん遊びで解剖するわけではないので、はじめに幾つかの条件に同意する。犠牲になる生命に対する畏敬を失わないこと。それから自己責任で体調管理すること。こういったコミュニティで未来食に興味をもつような参加者はそもそも耐性があることが予想されるが、中には気分が悪くなる人もいるだろう。

解剖では、成長真っ盛りの12日めの有精卵を使う。見慣れた卵に似ているがしかし温かい卵を割ると、まず血が出てくる。そして膜に包まれた成長中のひなが出てくる。当たり前だが、動いている。突然なぜか卵の外に出てしまったひなは、恐らく状況を理解できていないだろう。苦痛を絶つべく、ピンセットを使ってなるべく早く断頭する。


ラオスの人口の8割は農村部に生きるという。農村民の生活や信仰文化に根付いている農業は、熱帯では珍しくない、森と農地を循環させる焼畑農業(移動農業)だ。しかし、この継続性を危うくする森林破壊がこれまで問題化してきた。

森林破壊の要因は何も焼畑農業と決まったわけではなく、インドシナ戦争中の米軍の空爆、社会主義政権のコメ自給政策に基づく開拓といった固有の事情から、人口増や市場経済の浸透、海外資本によるプランテーションの流入、都市インフラ開発のための伐採のような一般的な背景までの複合的なものだ。

しかし、この問題認識の過程で専らスケープゴートとされたのは、人々の暗黙知が営んできた焼畑農業だった。一度は焼畑農業撲滅を旨とするトップダウン的な農林管理政策がとられ、完遂には至らなかったものの、農地不足、森の再生サイクルの不順、利用価値の低い植林地への移行などのシステム的問題を残している。

そのラオスで持続可能な農業の推進のために活動している日本の会社がある。株式会社坂ノ途中のメコンオーガニックプロジェクトは、ラオスでのコーヒー栽培の普及を目標に定めている。

ラオスのコーヒーに馴染みがある人はそう多くないと思われる。コーヒーベルトと呼ばれる低緯度帯に位置するラオスでは、コーヒー栽培は農地の面積を減らさずに追加収益を上げられる農法として定着しており、仏領時代にさかのぼる歴史を有する。農産物輸出の1位はコーヒー豆で、産出量でみてもラオスは世界13位となっている。

それだけでなく、日本のコーヒー輸入においても、ラオスはこの5年トップ10を維持している。他の産地の豆に比べるとまだ存在感は低いものの、ブレンドという形で飲まれるラオスのコーヒー豆は、生産という面でも日本への輸出という面でも、コスタリカやケニアよりも大きいインパクトをもつ。

実は、なぜ今回ルアンパバンへ行ってみようと思ったかといえば、知人が関わっているこのプロジェクトの話を教えてもらい、詳しく話を聞いたのがきっかけだった。ということで、坂ノ途中で海外事業を担当する安田さんのご一行に一日だけ同行させていただき、コーヒーファームのあるロンラン(Longlan)村へ向かうことに。

ルアンパバンから車で1時間ほど移動し、さらに舗装を外れて山道を揺られながら進む。途中で日本で見るような田んぼが見える。もう少し上がるとゴムの林があり、ここに丁寧に植えられている木々は30年ものだという。


朝5時過ぎ。顔を洗っていると、周りが突如完全な闇と静寂に包まれ、距離感を失う。停電だ。テラスから外を見渡すも、ほとんど何も見えない。道に停まっている車のヘッドライトだけがあたりを照らす。

5分程して街の光が戻る。ゲストハウスのスタッフは何もなかったかのように、ロビーで蚊帳を張ってぐっすり寝ている。

通りに出ると托鉢の物品売りが待つ。お米とお菓子のセットを買って、茣蓙に適当な席を見つけて座る。

首都ヴィエンチャンからきた隣の初老女性と話す。娘さんの高校の試験後の休暇を使って家族で来ているという。女性はアメリカの東海岸で英語を教えたことがある。曰く、日本人は英語を熱心に勉強するし、それは旅するにはよいことだ。日本では三十三間堂がお気に入りだという。ラオスに惹かれる日本人もいれば日本に惹かれるラオス人もいる。仏教文化を通じたアジアのつながりを語ったインドの文学者タゴールの話を思い出す。

寺の鐘が鳴る。僧侶たちが出てくるという合図だ。瞑想するような格好で坐ればよい、と女性が言う。しばらく待っていると、子供の僧も高齢の僧も混ざった列が、すぐ近くまで静かに来ている。

竹のカゴをあけて米をひとつまみ、それからお菓子を僧侶のかばんに、一人分ずつ要領よく入れていく。ヴィエンチャンでも毎日布施をするという隣の女性はといえば、お菓子のかわりに袋に詰めたお札を渡す。そうすれば僧たちは本を買える。列が去ったら米が冷えないようにカゴの蓋をして次の列に備える。

布施するものがなくなった女性は、お先にというかのように去って行く。隣で自分たちの布施の記念撮影をしていた韓国人の少女たちも片付けを始め、人々が徐々に立ち上がってそれぞれの一日を始めていく。

僧侶たちのカバンには街中から託された米やお菓子がたまっていく。この国の若い男性の毎日はこのように過ぎていくのだろう。曇り空が白んできたところで二度寝して、9時頃に目当てのお粥屋を訪れるともう完全に片付いているので、寂しい思いをする。ルアンパバンの朝は早い。

Akihiko Satoda

Programmer, with wanderlust

Get the Medium app

A button that says 'Download on the App Store', and if clicked it will lead you to the iOS App store
A button that says 'Get it on, Google Play', and if clicked it will lead you to the Google Play store