
教えることは、教わること。
大学で先生をしている。気がつけば5年ほど。何か良い学びを与えられたかはわからない。教えることに自信はない。でも、教わってることは間違い無くたくさんあると言い切れる。
教えようとするときに、自分の中で正しい整理がされていないと教えることはできないんだなとこの5年で生徒たちに学ばせてもらったように思う。
仕事のことや、お金のこと、アイデアだったり、テクノロジーにクリエイティブ。
そういう物事はスラスラ話ができる。それが一転、人生のことになると教えることはとても難しい。
就職や転職、在学生や卒業していった子たち、これまでインターンとして僕と関わった魑魅魍魎たち。
時折、元気ですか?の連絡と、添えられる人生の悩み。
関わってきた学生たちでいくと、インターンに来ていた20名近い個性あふれるやつらは、もう荒野を走り回っているように見える。それも楽しげに。人生の悩みは特になさそうだ。あっても自分で打破してきてるのかもしれない。自分でしかどうにかできないことを学んだのかな?そんな高尚なことは教えた試しはない。
ナベというインターンがいた。地方銀行に就職が決まり、普通働けるものじゃないから行ってみたらいいと伝えた。でも彼は映像がやりたかった。1年しっかり働いて、会いに来たとき、やっぱり映像は諦めたくないと言っていた。単純に元銀行マンの映像監督が生まれたら面白いだろうなぁと思った。楽しそうな方向を選んだらいいよ、とナベの親が聞いたらぶん殴りに来そうな回答をした。
そして、今彼は映像業界で働いている。
人に関わる仕事がしたい。そういってインターンに来た子がいた。数ヶ月ウチで学び、巣立って言った。今多くの人にエンターテイメントを届ける仕事をしている。僕がそこで何を教えれたのかはわからない。初めて出会った人の隣に座って話を聞く、そんな最初のミッションだった記憶がある。
たくましく育って行く彼らを見て、多くを僕は学んだ。
そして、彼らは何故人生の迷いを相談しにこないかも、なんとなくわかった気がする。
インターンに来た子たちは、みな将来何になりたいかの展望はあまりなかった。
でも、もっと根源的なモチベーションが心の中で渦巻いていた。なんのビジョンもないけど、インターン応募しました。何かあると思って。そんな感じだ。
この姿勢はとても本質的だと思った。
子供の頃はサッカー選手になりたいとか、今ならYoutuberになりたいとか。
具体的な職種を語らされることが多い。今も実際そうじゃないかな。
でも、本当は何か職種の型に収まるほど人間わかりやすくない。
そんな紋切り型のように人の魂はできていない。
漫画家になりたい!の手前には絵で人を驚かせたいとか、
料理人になりたい!の手前には作るもので人を幸せにしたいとか、
クリエイターになりたい!の手前には誰もまだ作ってないものを生み出したいとか、
そういう無色透明の無形な魂が踊っている。
大人はそこに気づかせてあげたり、翻訳してあげたり、そういうことが大切な大人の役目なんじゃないかと思った。こんな僕も高校生のころ、何か作る人になりたいなという曖昧とした気持ちで進学先を悩んでいた。ここかな?と学部に「デザイン」という言葉が入ってるだけで選んだ進学先を見た先生は、「お前は絶対ここに行った方がいい」と勧めてくれた。
それを拒絶するほど、まだ強い意志もない僕は先生に言われるがままにその学部へと進んだ。
有り余る時間と退屈そうな学生たち、なんの学問か定まらない学部、ただみんな自由に自分のやりたことを探して挑戦してる人が多かった。自分に似た人も多かった。仲間ができて、一緒にメディアを作った。バンドメンバーとも出会って4年間ライブしたおした。歌が大して上手じゃ無くても人を喜ばせることができるんだと知った。
あの高校の先生の舵取りがなければ今の自分は存在してないと思っている。
そんな自分も良い年のおじさんになって、非常勤ながら生徒の人生の相談を受ける。
先生してるとわかるけど、授業よりこっちの相談の方が忙しい。
一番そばにいる自分のことを実は一番わからない。人って難しい。だから、誰かそばにいる大人が教えてあげるんだなと過去を振り返って思った。
酒の飲み方も、夜の遊び方も、大変な仕事の乗り越え方も、いっつも先を走る大人に教わって来た。僕や、これを読んでるあなたにもたくさんの先生がいる。人はそんなに柔軟にできてないし、自分のことがわかりずらく作られてるのかもしれない。人と関わり学び合うように細工がされてるのかもしれないね。自分で考えて、考えて、何もわからない、先も見えない時は大人が大体知ってるよ。
家にこもらず、世代を超えて、たくさんの先生と出会おう。そして、いつかあなたも誰かの先生でなければいけない時が来る。その時は、あなたの知り得る全ての知恵で、若者の可能性に気づかせてあげよう。
20代の悩みも今となれば「なんだったんだろうなぁあれ」と思う些細なものだ。
30代になるとあの頃とは違うわからなさにぶち当たる、でもそれを先輩たちに相談すると鼻くそみたいなこというなと笑われる。みんなそれぞれ、その世代、その時代、その人なりのわからなさを抱えて生きているのだから、教え、学びあって良くなって行くしかない。
たぶん人はそういうふうに作られている。
