気付けば依存の塊だ。

ツールに依存してはいけないと言われるし思っていた。アドビのおかげで誰でもデザインができるようになったとか(実際、センスないと全く意味ないけど)地図アプリがあるから迷子にならなくなったとか。

久々の東京出張二泊三日で滞在しているが、もうまっくもってツールに依存していることを痛感する。厳密にいうとテクノロジーか。3日間で12本のアポがあるので過密に動き回るわけだけど、GoogleMapで最短距離を出してくれるもののすごい乗り換えの数。少し余裕があるから時間かかっても乗り換え少ない方を選びたいが、迷いまくる。沿線は渋谷を超えると違う名前に進化したり、複雑なホームまではGoogle Mapは案内してくれない。

スマホばかり見て困った困ったと思っていると駅員さんが声をかけてくれて、すんなり乗り換えができた。最初から○○○へ行きたいんですがどうしたらいいでしょうか?と聞けば済む話を永遠にスマホで答えを探そうとしてしまう自分がいた。

疲れ切ってホテルに着くと手付かずの仕事が待ち構えていて、おりゃーと向かうにもネット回線が弱い。4G回線の方が俄然早く、矛盾を感じながらも仕事をする。150MBのデータダウンロードに3時間と表示されてゲボが出そうになる。デザインの戻しをしなければとデータを見ようにもサーバーに置いたさらに巨大なデータはダウンロード予測時間を見るより早くpcを閉じた。

これがホームなら問題ない。回線は太いし、熟知した道ばかりだし、東京で起きたような面倒はむしろ起こす方が難しい。しかしツールにに依存しすぎたあまりに道に迷ったら聞けばいいとか、デザインは出力して持っておけばいいとか、アナログであれば2秒で済むことをデバイスの前で待ち続けることが当たり前になっていた。

なんだか、変だ。脳みそとペンと紙があればできる仕事でありたいと思っていたのに気がついたらツールにのまれている。少し見直さないといけないと思った。いつもホームであるわけではない。その時にこんなアホみたく時間を使ってる自分が嫌だ。

そう。気がついたら21時で何か飯でも食おうかと食べログ開きそうになってやめた。適当に歩くと明かりのついてないラーメン屋があり、恐る恐るはいると満席の人気店。少し待ったら一席空いてサクッと食べることが出来たら。そのラーメンはめちゃくちゃ美味しかった。何者にも依存しない状態に戻らなければとなんとなく思った東京の夜でした。