痛みの不思議

今日は夜だけ子守係だった。料理は本当なの?と聞かれるくらいヘタクソで人類が発明した偉大な混ぜるだけパスタソースのお陰で美味しゅう頂きました。ちなみに牛乳パックを綺麗に開けれない王でもある。そこも最近、おいしい牛乳が大きな山を越えてくれた。キャップ方式への進化である。

早々に話がそれた。子供と夕食を食べていると娘が急にシクシク泣き出した。どうしたの?と聞くと、足が変なの…という。挫いたのか痛みがあるのか心配してみると蚊に刺されている。痛い?と聞くと痛くない、変なの…と不安そうな顔をした。

シクシクはお風呂をあがり、眠ろうかという時まで続いた。うーん、どうしたものかと考えて保冷剤があったのでタオルで包帯のように足に巻いてあげた。するとすぐに泣き止んでぐっすり眠りについた。

なんかに似てるなと思いながら、寝室で本を読んでいると、息子が擦り傷をしたときを思い出した。バイ菌流して乾かした方がいいよ、というと息子は痛い痛いと傷を見て涙を流す。乾かすのを諦めて、絆創膏を貼ってあげると娘と同じようにすぐに泣き止みきゃっきゃと遊び出す。あの時の痛みはどこへ。

そういえば僕にもそういうことがある。映画とかで痛々しいシーンは目を背けてしまう。映画だとわかっていても見たくない。ゾンビが死にまくるのは見ていてなんてこともないのに、いざ真っ当な人の真っ当な怪我のさらには演技だとわかっていても痛みを想像してしまう。

もしかすると子供のいう痛いって、大人がイメージする痛いより、もう少し広い感覚なのかもしれない。もちろん痛みもあるけれどそれ以上に自分がいつもと違う事実を含めて「痛い」のかもしれない。痛いの痛いの飛んでいけで幼児は意外と泣き止む。飛んで行ったのだろう。それは物理的な痛み以上に感じてる痛みが飛んで行ったのかもしれない。

娘の保冷剤タオルも冷やしてあげる以前にその腫れを隠してしまうことで涙が止まるし、息子は絆創膏を貼って隠すことで痛みを忘れる。そして大人の僕は痛くもないのに痛そうなイメージで痛みを想起する。不思議だなぁと思いながら、ぐっすり眠る子供達を眺める。

痛いの中にはいろんな意味があるんだなと思った夜だった。

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