80歳の女子高生

家から事務所まで自転車で15分ほど。ママチャリより遅くまったり出社する。毎日ではない。時折会社に出る。天気も良かった。春のはじまりのような気候に誘われて、ピクニック感覚かというくらいに出社した。

その道中、赤信号で止まる。青になるのを待つ間、ぼうっとしていると向かい側で制服を着た女子高生がいた。こんな時間に(お昼過ぎ)学校にもいかないのかと思ってよく見るとおばあさんだった。推定80歳ほど。髪にはカラフルな髪留め。セーラー服に身を包んで、カバンも高校生が持つような肩掛け。人形をぶら下げている。黒いソックスにローファー。

見紛うことなき女子高生である。おじさんが女子高生の格好をしているのは時たま見るが、しっかり女子。女の子。ただ年齢がだいぶ上ということだけだ。信号を待つ隣のカップルがヒソヒソと、ねぇあれ見てと囁きあっている。女子高生のサラリーマンも隣に堂々と信号を待つ女子高生をチラチラ見て落ち着かない様子だ。

写真に撮るでもなく、恥ずかしげもなく生活している女子高生を見て、対岸で見る僕は少し感動していた。普通、しないよ。後ろ指刺されるのわかることだ。それでも、彼女には女子高生の格好をすべき理由と欲があるのだろう。勝手にそう読み取って心震えていた。

最近、自分が退屈だと思っていた。僕が退屈なんじゃなくて、僕という存在が退屈なやつだなと。僕自身ゲームがあれば退屈しない。それでも仕事して、家でゲームして、また仕事して、なんていうサイクルは退屈そのものだ。何か刺激的でどうなるかわからなくて、誰からも理解されなくても、やらずにはいれないこと。そういうものが人生には必要だ。

そういう刺激的な物事は運が良く一通りやってきた20代後半を経て、30代はなんだろうなぁ、退屈だなぁと石ころを蹴っていた。僕もそうだけど、周りも同じように年をとって、バカみたく、勝算もなく、やってみるなんてことが滅法減った。僕含め世代的に萎縮していくのかもしれない。守るべきものが増えましたという理由が主たる否定できない根本でもある。

80歳の女子高生を見て、後ろ指さされることなんて意に返さない姿勢。まさに威風堂々としていた。誰かに何かを言われることより、自分の欲に忠実であること。そこに僕はいたく感動した。

さて、僕はやるべきことはやっているかもしれない。でも、やりたいことをやってるか?と問われると返答を窮する。なんとなく、ここが腐るか腐らないかの瀬戸際なのかもしれないと思った。人それぞれ、各々のフェーズ、年齢でそういう時があるのだろうか。そういうことに悩んでいるときにこの女子高生と出会ったわけで、衝撃と共に勇気をもらった気がする。

あるがままに、なすがままに。己の欲望に忠実であれ。野生を失うと人は退屈な存在になってしまう。

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