デニス・スミスとアンダーアーマーのUnderdogメンタリティ by ‪@NickDePaula

Masashige Sato
Aug 9, 2017 · 8 min read

NBAで売れっ子のプレイヤーは大体ガードである。ボールを自分の手中に収め、自らの才能を際限なくコート上で表現し、爆発的なオフェンスを繰り広げる。子供たちはそういった選手を尊敬し、庭にあるゴールの下で延々と彼らのムーブをマネて過ごすように、スポーツブランドは絶えず、彼らの顔となってくれるような偉大な次世代のアスリートをくまなく探しているのだ。

デニススミスジュニアは上にあげたどの項目も満たした選手であった。アンダーアーマーは、ダラス・マーベリックスの2017年9位指名のポイントガードと、シューズとウェアでの広告費として3年契約(1年あたり2.2億円プラス出来高制)を結んだ。彼らは船出をしたばかりのデニスを、ブランドを代表する選手の一人になってもらおうと、即座に計画している。

「アンダーアーマーのチームの一員になれて、非常に興奮しているよ。ルーキーイヤーのトレーニングキャンプのための準備はできている。」スミスは語る。「アンダーアーマーはバスケットボール界で急成長中のブランドだ。ステフやセスや、アンダーアーマーのチームに加わり、一緒に成功していくことにワクワクしているよ。」

この夏、他のほとんどのルーキーと異なり、スミスはスニーカー契約をNBAドラフトが終わってからもしばらくせずに待つ決断をした。ドラフトのトップ10プレイヤーの大部分は、どの選手も6月の間に広告契約を結んだのだ。ロンゾ・ボールが例外で、Big Baller Brandと交わしている。

スミスはたった1.1億円以下のオファーを受けていた。備わった能力やポテンシャルに対する自信があったので、スミスは自分の可能性に賭けた。まず、ラスベガスのサマーリーグでプレーをすることを選び、いくつかのブランドの中からスニーカーを変え、遂にはアンダーアーマーからもっと高額なオファーを引き出したのだった。

たった4試合目の出来事だ。6-3フッターのスミスはハーフコートまでボールを運んだ後、右コーナー沿いに向かって突き進み、一瞬のビトウィーンザレッグのドリブルでディフェンダーを交わした。左に向かって2度ドリブルをし、大きくフリーになったペイントをまっすぐ進んで、制限エリアの後ろから踏み切り、力を解放したかのようにリムにボールを叩きつけた。マブスのベンチにいたチームメイトも全く同じタイミングで立ち上がった。明らかにサマーリーグを象徴するハイライトになり、ソーシャルメディアがリアルタイムで騒然となった。デニススミスがダンクをミスしたことなんて誰も気にしなかった。

どのNBA選手とサインするか、アンダーアーマー内で最終決定権を持つ、プロバスケットボールのスポーツマーケティングディレクターのクリス・ストーン。彼はデニススミスと初めて会った時のことを今でも鮮やかに思い出せるという。あれは2015年の夏のこと、スミスはステファンカリー主催で、全米から招待された20人のエリートPGが参加できるキャンプの一員だった。

「キャンプで初めてデニススミスを見たときは、ステフがジムから出てきたところで、デニスが誰かにダンクを喰らわせようとしたところだった。」ストーンは笑いながら思い出す。「デニスはすごく高く飛んでいた。彼の肘がリムまで達していた。信じられないよね。デニスが持っている爆発力の一端をその時初めて目にしたんだ。ステフがしたリアクションはヤバいものを見た感じだった。カリーはMVPを獲り、優勝を手にしたシーズン後だった。で、こうだ。高校生が輝いているのを目にして、デニスに対してリスペクトをしたんだよ。」

スミスはその週通してカリーとワークアウトをした。コート上の全ての箇所からシューティングドリルを二人で交互で行ない、ゲーム内で様々なピックアンドロールのディフェンスを読む方法の知識を吸収し、テニスボールを使った手と目の連携のドリルでさえ真似て行なったのだ。

彼はその後も活躍し、キャンプでの1on1チャンピオンの座に輝いた。そして、その頃からアンダーアーマーとカリー、セスとの関係の礎を築いていった。ハニフ・ヒル、アンダーアーマーのスポーツマーケティンググループ部門の上級アドバイザーは、関係を取り持ち続けるための手助けをしていた。

デニスのゲームが向上し続けるにつれて、トリニティークリスチャンスクールのシニアシーズン全休した怪我から立ち直ってきた。スミスはNCステイトで、所属カンファレンスのACCでフレッシュマンオブザイヤーに選ばれ、爆発力や荒削りな得点能力を披露していた。高校時代、彼を有名にしたのもその能力であった。スニーカーの観点から語ると、シーズンを通して10以上の異なる種類を履いていて、彼は際立って派手で目立つモデルに対する興味を持ってることをアピールしていた。

各ブランドの代理人たちが間近で見ている中、スミスは1試合あたり17.3得点、4.8リバウンド、4.2アシスト、2.2スティールを記録した。ベガスでマーベリックスのサマーリーグチームは勝ち続け、スミスはオールNBA1stチームに選出された。彼のプレーはラッセル・ウェストブルックやデリック・ローズのデビュー当時と重なるものがあると比較された。

「彼はプロに見えるよ。謙虚さを忘れず振舞うことができるんだ。」ストーンは語る。「積極的に、チームを背負ってプレーしつつも、ショットを決めた後にガッツポーズをするのみで、誰かを蔑むことはしようとはしなかった。彼は自分のビジネスをしっかりと成し遂げただけだ。若いバスケットボール選手にしては、成熟しているように見える。」

この産業には非常によく起こることなのだが、何億ドルもの金額が動こうとしていて、マーケティング契約が結ばれようとする時、スポーツブランドはコート上の選手の能力だけでなく、彼や彼女らの性格や態度、人柄も考慮に入れて調査を行う。スミスの場合、彼の新しいチームメイトの一人で、アンダーアーマーの契約選手でもあるセス・’カリーが後押しをしてくれた。初夏、マブスの新しい練習施設で、デニスとセスはお互いのことを知るようになったからだ。

「セスは彼とかなり過ごせたようだね。そして、セスはデニスが人間としてどれだけ素晴らしい人物かを教えてくれたよ。」ストーンは続ける。「セスが言った言葉であること、そして、我々がカリー一家がどういう人たちかを理解しているからこそ、本当に響いたよ。」

デニス・スミス・ジュニアがルーキーシーズンの船出を迎え、Under Armourの新しいシリーズ、Drive 4のシューズチームをリードする選手の一人に抜擢されるだろう。サマーリーグの間、スミスはカスタムメイドのスニーカーを履いていた。彼が好きな90年代のテレビ番組をモチーフにしたものだ。アンダーアーマーは偶然にも、フラッグシップストアである”ブランドハウス”がダラスにあり、そこでは店内のマーケティングや、限定商品の発売をすることで、スミスを目立たせることになるだろう。

そして何よりも、アンダーアーマーとデニスは負け犬の精神をモチベーションに関係を共に築いていこうとしうている。アンダーアーマーはスニーカー業界で自分たちのスタイルを見つけるため、スミスはリーグで自分の名前を刻むために。

「俺たちが競っているブランドを全部見てみてよ。我々は4分の1の市場規模もない。負け犬なんだ。デニスはドラフトで過小評価された。我々はまだ山を登ろうとしているんだ。」ストーンは続ける。「彼は頂点に立ちたいと餓えている。幸運にも、本当に我々は彼とタッグを組むことができた。それも、ビジネス上だけの繋がりだけじゃない。我々はデニスと本当のパートナーシップを築こうとしている。彼が行きたい場所に連れていく助けになりたいんだ。」

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