恋愛はあっても無くてもいい、ぐらいで

ある御仁が言っていて、膝を打ったんですが。

クラシック音楽を聞かないで一生を全うする人、絵画を見ないで一生をまっとうする人がいるように、恋愛をしないで一生を全うする人がいてもいい。

との事でして。

彼自体は、クラシック音楽も絵画も好きで、恋愛上手としてしられた人ではあった事も大事なポイントでして。

本当にそうだよなぁと思う。

ボクも、結局は適切なタイミングで聞いた適切な音楽を超える幸福感以上なものに人生で出会ってなくて。で、そういう音楽を通じた喜びを知らない人も沢山いるだろうし、だからと言ってそういう人達を下に見る気も起きない。可哀想な人とも思わない。同様に、自分より音楽をよく聞いて、深く理解している人を羨ましいとも思わない。自分の知らないものすごい曲をその人が沢山聞いているからと言って、真似しようとも思わない。

一方、恋愛というのは、しっかりした恋愛経験が無い人(既婚者も含め)は、それをずっと引きずる人が多い。

みんなはもらっている、人生の報酬を私だけもらえてない、と焦る心理なのだろう。独身者で、恋愛経験もさして無く、年をとってしまった人なら尚更となる。

恋愛上手は、それを自慢する人も多いし、恋愛下手な人を脅すというか、不安にさせる事で、自分の地位を引き上げようとしていたり、カネを稼ごうとしている事もよく見る。

恋愛は、あくまでクラシック音楽程度のもの。素晴らしいものではあるが、別に無くても十分よい人生が歩める。

ある有名な人が、「ブルックナーを聞かない人生は無意味だ」みたいな事を言っていて、僕もそれにはアグリーなんですが、ブルックナーなんて、クラシックファンでもそんなに人気が無い。長いし、うるさいし、良さがつかみにくい。日本でもブルックナーファンは、3000人ぐらいだと推測すると、0.0025%しかいない。世界では、もう一桁下がり、0.0001%ぐらいしかいないはずだ。そうすると、人生の意味が無い人が、99.9999%だという残酷な結論になるはずだが、そんな馬鹿な事も無い。

しかしながら、「恋愛の無い人生は無意味だ」というメッセージは、根強く、頻出し、説得力を持ってさえいるんだけど、そういう時は、

「ブルックナーみたいなものか」と思うに越したことは無い。

だからと言って、良い恋愛できれば、それはそれで楽しいだろうし、それに没頭した人生もまた粋だと思うけど。

恋愛、健康、理財、占いの人気な質問事項は、何時の世もずっと金儲けのネタになるから、悪い人が利用しているだけなんだ。と考えるのが一番自然。

人生はうまく練られた脚本のハッピーエンドの映画が終わった後につづく話のようなもの。ハッピーエンドってのは、自分が生まれた瞬間。そこで映画の幕は降りてしまっているけど、生きているうちはまだ話は続くのだ。

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