世界は人々の手にあるのか?

例えば、ホテルについて考えてみると、長く資本主義の元、もしくは、利権の元でやってきた、資本の厚いホテル群が、お金のかかった予約システムとテレビ、雑誌、新聞という資本のいるマーケティングをして、大きなホテルをたてて、そこに訓練された従業員を集め、1つの産業を作ってきました。

しかし、システムは現在はオンラインの予約システムを兼ね備えたAirbnbに置き換わり、資本が厚くなくても、自宅の空き部屋を貸し出し、人々の手にある、ウェブやバイラル、サーチにより、個人は自分でマーケティングできるやうになり、自分達でホテル業を営めるようになってきました。

そして、自分達で作り上げた収益システムを壊される旅館、ホテル業は当然反発します。自分達の作り上げたネットワークの中には入れまいとする。そこで言われるのは、だいたいが、安全ではない、免許を登録制にせよ、など、他の業界でも殆ど同じで、インナーサークル化です。

これをやればやるほど、若い人が新規参入するという事は殆ど難しくなっていきます。そうなると固定化した考え方しか出来ないので、その業界の効率化は殆ど起きない。

日本は平均年齢46歳を既に超えており、やはりこの年齢になると、何かを壊してまで変えていくインセンティブは、全体として当然低くなります。なぜなら、そのままon going で進めた方が、成長しなくても安定しているからです。当然の考え方です。

資本主義が発展すればするほど、カオスから集積したものにし、集積した産業システムの中で企業体同士がネットワークを作り、新規参入を拒むようになります。とくに、日本の銀行のお金は安定した収益システムのある大企業ばかり日本のクレジットが付き、新規参入には付かない。金利も低く、優位になる。片や、ベンチャー企業には、ローンは個人補償、ベンチャー投資まで、株式買取請求権を契約書に忍び込ませるという事が横行します。

これだと、資本主義により作り上げられていく、障壁が、定期的に壊され、新規参入を生み、新陳代謝されないのです。

宿泊業を例に出しましたが、他の業界も全て同じです。

当然こういう状態に消費者も慣れてしまい、新規企業、それ自体が珍しいので、怪しいと思うようになります。国民全体として、新陳代謝が自分達の利害と一致するという、考え方も薄れていきます。

稀に外国からの刺激があった、携帯電話のガラケーシステムの一極集中がスマホ変革や(逆に収益システムさらに強化されましたが),Airbnbは規制or not の議論をしてるうちに、日本の市場は殆ど奪われ、Uberについては、一般人の運転手側への参加が未だに認められない。もっといい運転手、もっといい車が参入してくる余地があるのに、古くて臭い車体のタクシーに乗るしかない。地方のタクシーはなん年前の車体が確認すると、新陳代謝が行われてない事が明白です。こういう事例が規制側を刺激して少しずつ変わっていこうとしています。(一人当たりGDPが日本の倍あるシンガポールよりタクシーの値段が高い状態ておかしいですよ。)

しかし、少しずつテクノロジーの力で不可避なイノベーションが起きつつあります。

大手資本側で、自ら新規参入や新陳代謝を邪魔してた人たちも、自分達の手で仕事が出来るような仕組みが整ってきています。

マーケティングはバイラルやオンラインで進むし、システムは安価に揃ってきています。

自分で仕事を作れるようになることで、規制を作り新規参入を阻んでいることに知らず知らずやっている人の数が少しずつ減っていき、自ら稼ぐ人が増えてきます。

だからこそ、投資側は、シェアリングエコノミーには、もっともっと大きな投資をして、人々の手に自ら稼ぐ力を戻し、普通の人がもう一度自分の手で商売を出来るような仕組みに投資をしていく事で、結果的に、集約化され過ぎた変われない既存産業に働く人の数を少なくでき、経済の効率化に手を貸していく事が出来るのではないかな、と、考えています。

搾取は実はよく見えないのです。見えないからこそ、搾取してる側も、されてる側も、そう思えない。

だからこそ、新陳代謝も起きない、この状況から、少しずつ気付き始める気がしています。

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