創業者株主間契約書のススメ(超基礎編) vol. 1/3
起業家や起業準備中の方の中には、「創業者株主間契約を締結しておいた方がよい」という話を耳にしたことがある方も多いのではないかと思います。「創業者株主間契約って聞いたことはあるけど、どんなものかよくわからない、、」という方向けに、3回に分けて基礎的な内容を解説いたします。
今回は3回のうちの第1回目です。
1.創業者株主間契約って何?なんで必要なの?
創業者株主間契約とは、平たく言うと、「AさんとBさんの2名で創業し、お互いに株を持っていたが、その後Bさんが会社を辞めてしまった場合に、AさんがBさんの株式を買い取れます」という内容を定めた契約になります。
ベンチャー企業において、創業者(または初期に参加した役職員)が株を保有していたが、その後会社を辞めることになった、というケースはままあります。そのような場合に、創業者株主間契約がないと、例えば以下のような問題が起きてしまうことになります。
・辞めた役職員は引き続き会社の株を保有しており、大株主であるが、連絡がつかなくなってしまい、全株主の同意が必要な手続が行えない
・辞めた役職員から株を買い取りたいが、買取価格について合意ができず、買い取れない
こういった事態を避けるために、事前に創業者株主間契約を締結しておくことはとても有効です。一般的な感覚としては、一緒に創業してがんばっている仲間が会社を辞めた場合の契約をあらかじめ締結しておくことは、新婚カップルが離婚時の財産分与について合意しておくようなもので、心理的に抵抗がある方も多いと思います。しかし、ビジネスにおいては何が起こるかわからないものです。ケンカ別れに限らず、家庭の事情で会社を辞めざるを得ないこともあります。このような場合に事業を存続させると共に、個人的な人間関係にヒビが入らないようにするためにも、事前に創業者株主間契約を締結しておくことをおすすめします。もうだいぶ一般的になりつつありますが、「複数の役職員で株式を持ち合う場合には、創業者株主間契約を締結しておくのが常識だ」という感覚をぜひ持っていただければと思います!
具体的にどのような契約になるのかについては、AZX総合法律事務所、GVA法律事務所が雛形を開示しています。2ページ程度の短い契約ですので、一度ざっと目を通してみてください。
2.誰が誰から株式を買い取れるの?
(1)社長が大部分の株式を保有している場合
会社は主に社長が1人で創業して大部分の株式を保有しており、準創業者的なメンバーは株式を保有しているものの持株比率が少ないというケースです。この場合は、準創業メンバーが会社を辞めた場合、代表取締役が準創業メンバーの保有している会社株式を買い取れる旨が定められていることが多いです。上記AZX、GVAの雛形共にこのケースを想定したものとなっています。
この場合、社長が会社を辞めた場合については何も定められていないことに注意が必要です。その理由としては、例えば他のメンバーと仲間割れしてしまった場合に、準創業者的なメンバーが辞めた場合の株の買取のみについて規定することで、社長は会社に残って事業を続けるということを明確にする目的があるものと思われます。また、大株主である社長がまさに事業の中心であり、社長が事業を継続できない場合には事業をたたむこともやむをえない、といったケースもあると思われます。
もっとも、そうはいっても個人的な事情等で社長が辞任せざるを得ない場合もありますよね。その場合にどうなるかというと、社長の株式の買取に関する定めがない場合、社長に対して契約に基づいて株式を売却するよう請求することはできません。ですので、社長が自主的に売却してくれない限り、残った役員が社長から株式を買い取れないリスクがあるということは認識しておいてください。
(2)創業者2名以上がそれぞれ同じくらいの数の株式を保有している場合
例えば会社をAとBの2名で一緒に創業し、株式もだいたい同じ割合で保有しているようなケースです。現実的には、何か問題があった場合に、上記(1)のように大株主兼創業者1名が存在する場合よりも、(2)のケースの方がもめることが多いと思われますので、このようなケースではなおさら、創業者株主間契約の締結をおすすめいたします!規定方法としては、いずれかが会社を辞めた場合には、相手方が辞めた創業者の株式を買い取れる、という内容にしておくことが多いかと思います。契約の書き方としては、例えば以下のようなものが考えられます。
甲又は乙が会社の役員及び従業員のいずれの地位をも喪失した場合(以下、当該者を「退任創業者」という。)には、その喪失の理由を問わず、退任創業者は相手方(以下当該相手方を「残留創業者」という。)からの請求に基づき残留創業者又は残留創業者の指定する第三者に対し、退任創業者の保有する会社の株式(以下「本株式」という。)のうち残留創業者が指定する株式数を譲渡するものとする。
なお、創業株主が3名以上いる場合には若干複雑になってきます。
例:A(保有株式40)、B(保有株式30)、C(保有株式30)の3名で設立した場合
このケースでCが会社を辞めた場合の定め方としては、例えば以下のようなパターンが考えられます。
・AがC保有分全株を買い取る
・AとBで、持株保有比率に応じてプロラタで買い取る(Aが30x4/7=17株、Bが30x3/7=13株。なお端数調整は別途規定が必要。)
・AとBが共に(又はAのみとすることも可)、C保有株式につき先買権を有し、いずれか一方のみが買取を希望した場合には、その者がC保有株式全株を買い取る。両者が買取を希望した場合には、持株保有比率に応じてプロラタで買い取る。
また、AやBが辞めた場合についてはどうするかについても検討が必要となります。雛形では対応が難しく、個別具体的な事情に応じてテイラーメードの契約を用意する必要が出てきますので、専門家に相談の上進めることをおすすめします。
(3)創業者個人ではなく会社が株式を買い取ることはできるの?
上記(1)、(2)いずれの場合でも、基本的には会社に残る創業者個人が株式を買い取ることになります。買取価格を純資産額ベース(vol.2の3参照)等で定めており、株価が上がっている時などは、個人で買い取れるだけのお金を準備することが困難な場合も出てきますので、注意が必要です。
そうであれば会社が株式を買い取ればよいのではないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ベンチャー企業にとっては自身の株式を買い取ること(「自己株式取得」といいます)はハードルが高く、買い取れない場合もあるということを覚えておいていただければと思います。
まず、会社が自己株式を特定の株主から取得するためには、株主総会の特別決議(※1)が必要となります。会社法上の一定の手続が必要となり、また、辞めた役員の持株比率が大きく、当該決議に賛成してくれないような場合には、特別決議が成立しないリスクもあります。
次に、自己株式取得の対価として会社が支払うことのできるお金につき、会社法上一定の制限が設けられています(※2)。具体的には、自己株式取得の対価は、「分配可能額」という会社法上定められた金額(直近の貸借対照表から算出される剰余金の額をベースに計算されます)を上限とするものと定められています。ベンチャー企業でまだ利益が出ていない場合等は、分配可能額が少なく、法律上自己株式取得を行うことができない場合もあり得る点に注意が必要です。
※1:会社法上、特定の株主との合意による自己株式取得は一定の重要事項として、普通決議よりも厳格な特別決議が要求されています。具体的には、原則として、行使できる議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の2/3以上による多数が賛成することが必要となります(会社法309条2項)。
※2:なぜ金額に上限があるのでしょうか?それは、会社が自己株式を取得することは、特定の株主に対して出資を払い戻しているのと同じ効果があるためです。会社が出資をたくさん払い戻してしまうと、会社のお金が少なくなり、会社に対して債権を持っている債権者はお金を回収できなくなる可能性があります。ですので、会社債権者を保護し、会社に一定のお金を残しておくため、自己株式取得の対価を一定範囲に限定しているのです。
(4)ベスティングとは
創業者株主間契約に関連して、「べスティング」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかと思います。「べスティング(Vesting)」はもともとVest=権限等を与える・授ける、という意味の英語の動詞からきており、一定の時期の経過に応じて権利を確定させる条件のことをいいます。例えばストックオプションの行使を、新株予約権の付与から1年ごとに付与新株予約権数の20%ずつ認め、5年経過時に100%行使可能とする内容等があります。
創業者株主間契約の場面においては例えば、代表者は当初、退任した共同創業者に発行した普通株式のすべてを取得価額で買い戻す権利を持っているが、毎年1年経過するごとにこの権利は1/4ずつ消滅し、発行から4年を経過すると代表者の買戻権はすべて消滅する、というような条項を定めることがあります。このような、買い戻せる権利が少しずつ消滅していく形の条項のことを、「リバース・べスティング(Reverse Vesting)」と呼んだりします。
リバース・ベスティングの条項はシリコンバレーの実務において一般的であると言われています。もっとも、私見ですが、日本のベンチャー実務においてはまだ一般的とまではいえないように思います。リバース・ベスティング条項がある場合、一定期間経過後は退任創業者に株が残ることになりますので、上記1で記載したような困った事態が生じるリスクが残ることになります。勤続年数に応じた株式を共同創業者にも与えるというのはフェアな条項である一方で、万が一の場合に会社運営を困難にするリスクをはらんだ規定でもありますので、慎重にメリット・デメリットを検討することをおすすめします。
いかがでしたか?Vol.2では買取価格・税金について解説します。お楽しみに!
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