「きみは、自分にどれくらい時間が残っていると思う」

質問の意味がよくわからず、健は兎一郎の顔を正面から見た。兎一郎は目に苦い陰を宿し、淡々とつづけた。

「たいした病気も怪我もせず、存分に長生きしたとしても、あと六十年といったところだぞ。たった六十年だ。それだけの時間で、義太夫の真髄にたどりつく自信があるのか。三百年以上にわたって先人たちが蓄積してきた芸を踏まえ、日々舞台を務め、後進たちに伝承し、自分自身の芸を磨ききる自信と覚悟が、本当にあるのか」

健はやはり黙っていた。今度は、答えたくても答えることができなかったからだ。兎一郎の問いかけに、自身をもって「はい」と言えるような実績も芸も、健にはまだない。

「いいか、俺たちには余計なことをしている時間はない」

兎一郎は冷徹ですらある響きで言った。「義太夫の奥深さと歴史に比して、一人の人間に与えられた時間はあまりにも短い。その短い時間のなかで、俺たちは自分の芸道を突きつめつくし、あとにつづくものに伝えていかなきゃならない。これは、義太夫を選んだものの使命だ。うかうかとときを過ごしていたら、プロの大夫として手遅れかつ命取りになるということを忘れるな」
(p.189–190 五、本朝廿四季より)


一度だけ、
「どうして見も知らぬ俺を、居酒屋からつれてきてくれたんや」
と聞いたことがある。誠二は、

「おまえがしきりに、『俺は義太夫を極めたいんや。極めんとあかんのや』って言うから」
と答えた。「そないにええもんなら、協力してやるのも悪ないなと思たんや」

それだけだった。それで充分だった。
(p.212–213 六、心中天の網島より)


大夫は六十の声聞いてからが本番や
(p.238 六、心中天の網島より)


そうだ、このひとたちは生きている。ずるさと、それでもとどめようのない情愛を胸に、俺と同じく生きている。文字で書かれて音で表し人形が演じる芸能のなかに、まちがいなく人間の真実が光っている。この不思議。この深み。
(p.240 六、心中天の網島より)


勘平がどんな男なのか。意志の人なのか、いいかげんなやつなのか。それをつかめば、「勘平腹切の段」に揺らぎがなくなる。夜空を眺めつづけて、ついに星のめぐりを把握した太古の人々のように。茫漠として見える言葉の堆積は、実はきらきらと光る宝をひそかに隠している。それを探り当てなければならない。
(p.276–277 七、妹背山婦女庭訓より)


金色に輝く仏果などいるものか。
(p.310 八、仮名手本忠臣蔵より、以上引用終わり)


「鬼」という言葉。文楽。芸。(そしてあるいは恋慕。)この本から学ぶことは非常に多かったです。ラストの「仮名手本忠臣蔵」の描写は鳥肌が立つほど。また読みたいと思います。

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