「自信」という意味不明な言葉が嫌いだ。

仕事をしてると、皆よくこの「自信」という言葉をありとあらゆる場面で使うが、僕にはこの「自信」という言葉そのものがいまいちピンと来ない。

例えば、とある若手社員に

「ねーねーお前はいつ店長に立候補すんのー?」

と聞くと

「そうですね、もう少し自信がついたら立候補したいと思います。」

とか

「海外で働いてみたいって言ってたけど、いつ行くの?」

と聞くと

「そーですね、もう少し国内で頑張って、自信がついたら海外にいってみたいと思います」

とか、こんな感じで答える人がよくいる。

そして、そんな返答に対して僕はいつも「それっていつだよ!」と突っ込んでしまう。

「自信がついたら次のステップに進もう」と思ってる人がいたら、こう考えてみたら良い。

っていうかそもそも貴方は

「自信」がついたから高校や大学を卒業したのか?

「自信」があったから会社に就職したのか?

違うだろう。

自信の有る無しなんて関係なかったはずだ。

そのタイミングが来たからやっただけだろう。

卒業する時期が来たから卒業したわけだし

就職活動する時期が来たから就職したわけだ。

そして自信があろうがなかろうが

落ちる時は落ちてきたんだろうし

受かる時は受かってきただろう。

ところが社会に出ると、皆途端に「自信がついたら」とか言い始める。

「自信がついたらやる」とか

「自信がついたらチャレンジする」と。

で、だいたいそういうこと言う人は口だけで実際には、ほとんど行動には移さない。

学生のうちまでは、試験や卒業、就職など大人や社会が、本人の自信のある無しに関わらず、無理矢理、次のステップに挑戦する機会を与えられて来た。

ただし一度、社会に出ると

なかなか自分に「無理矢理次のステップに進む機会」を与えてくれる人はいない。

自分自身で、自分に無理矢理、次の機会を与えなければ次のステップに進むことは出来なくなるのである。

新しい何かに挑んでいくのは、とてもストレスだし不安だろう。その気持ちは理解できる。でも結局は何とかなるし何とかなってきたじゃないか。自信の有る無しに関わらず、小学生から中学校に入って、中学生になったし、中学生から高校に入って、高校生になってきたじゃないか。

社会に出た自分が新しい何かに挑戦するのも、全部それと同じだと思えば良い。

結局、世の中は全て「やってみなければわからない」のである。産まれた時から高校生のやつなんていなかったのに、高校生にみんななった。そんなもんだ。

もし、今これを読んでる人で、新しいことに挑戦しようか悩んでいて「でも、自信が無いなー」と思ってる人がいたら、こう想像してみてはどうか?

自分に中学3年生の子供がいるとして

そしてその息子が

「俺、まだ高校受験しても受かる自信が無いからもう少し自信がついたら中学校卒業して高校受験しようと思うんだけど」

と相談してきたとする。

あなたは何て言う?

「そうだね。早く高校受験できるように、頑張って勉強して自信つけようね。自信がつくまで中学生でいていいよ」

とでも言うつもりだろうか?

「うるせーーー!お前は高校受験する年齢になったんじゃ!四の五の言わずに、さっさと高校受験しにいけ!!」

って言うでしょ?

ということで

あなたも、チャンスがあるなら、四の五の言わずにさっさとやりにいきなさい。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated SHUJI TANAKA’s story.