人に忘れられるということ

僕は作業をしながら、映画を流すことが多い。
音楽のことも多いけどれ、これという曲が見つからないときは、映画を流すことにしている。どうしても流し見になってしまうから、映画選びはいつも慎重だ。

アクションやホラーは、画を見てこその部分も多いから違うし(音にびっくりすることも多い)、ラブストーリーやサスペンスもちょっと見逃すと分からなくなったりするから何か違う(作業そっちのけで見てしまいそう)。
だから、ドラマやコメディーを選ぶことが多い。どちらにせよ、画で見せるものよりも会話劇を選び、耳に入る情報だけで概ね理解できるものにすることがほとんど。

お試し期間を過ぎて解約することを忘れた僕は、かれこれ8年くらいAmazonプライムの会員で、暇さえあればウォッチリストに見たい映画を放り込んでいる。この前、その中から深夜作業のお供に選んだのは、「忘れないと誓ったぼくがいた」だった。

予告編を貼っておく。

簡単に言うと、あるときから自分が人の記憶から忘れられる存在になっていることに気付いた女の子「あずさ」と、その子のことを好きになる男の子「タカシ」の話、言うなれば青春ファンタジー。

何度会っても、数時間後には忘れられてしまう。あんなに楽しい時間を過ごしたのに、次に会うときには顔すらも覚えられてない。それが友達だけでなく、家族までもが。
なぜ、そうなったのかは言及はされてないけれど、僕にとってそんな理由はどうでもよかった。それくらいに、人が忘れる、人に忘れられることへの心の動揺が、とても自然で且つショッキングに描かれていた(と僕は感じた)。

中でも、あずさ役の早見あかりが言う『あなたの “知らない” って顔は、もう辛いから』という台詞が、とても印象的だった。

少し話は逸れるけれど、ここ数年でイベントなど一度にたくさんの人と出会うことが多くなり、知り合いがぐっと増えた。そのときは覚えているのだけど、また新しい人に会うと押し出されるように忘れていってしまう。だから、また別の機会に会うと、以前会ったときのことを忘れてしまっていることがある。相手は覚えてくれてるのにも関わらずだ。そういうときは、思わず僕も”知らない”というか”分からない”という顔をしてしまっているのだと思う。

最近は人に会いすぎて、どうしようもないことだと思い込んでいたけれど、それではいけないかもしれないと気付かされた映画だった。

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