「間(ま)」がほしいから自分で作る。

「間(ま)」という言葉や考え方を、どこかで使いたくてうずうずしている。というのは、各種の「間」が足りないと感じているから。

「間」について、『岩波国語辞典』では、こんな説明がなされている。

(1)一続きの物、または一続きの事のあいだ。(ア)次の動作や事柄までの時間、(イ)ちょうどよい折り、(ウ)音楽・舞曲の拍子や、あるべき休止、(エ)物のあいだの空間、(オ)適当な空間的隔たり

(2)へや

時間的な意味での「間」が足りないと感じるのは、いつでもどこでも仕事ができるようになったぶん、なんとなく追われているような気持ちになり、無意識のうちに焦りが生まれているから。

空間的な意味での「間」が足りないと感じるのは、都会のさほど広くない住居に住んでいると、申し訳程度に「間」があったとしても、それが「間」と認識できないくらい、小さいから。

コミュニケーションにおける「間」が足りないと感じるのも同様。常時(インターネット)接続状態で、オフラインの感覚がなくなった今、連絡にはすばやく対応するのが普通になって、「間」を味わう行為を忘れてしまったから。

全員が全員そうだとは限らないけれど、少なくとも自分が暮らす世界、自分の目に映る世界には「間」が足りていない。

というわけで、「間」がほしくて、どんな形であれ「間」を作ろうと計画している今日この頃。

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