家族の病に後押しされるアメリカのガン政策

SR
3 min readJan 19, 2016

1月12日に行われたオバマ大統領最後の一般教書演説で新たな「ムーンショット計画」を発表した。ムーンショット(moonshot)とは人類を月面に送るアポロ計画のことだ。人を月に飛ばすほどの途方も無い計画を意味するムーンショット。今回のゴールは、「ガンを治癒すること」だ。

この施策を推し進めるのはジョー・バイデン副大統領。30歳にして上院議員になり、40年以上国政に携わり続けたベテラン議員だ。副大統領を勤め上げた後、大統領選に出るのでは無いかと周囲の多くは期待し、本人もそれを真剣に検討した。が、去年の10月にバイデンは大統領選に出るのを断念。代わりにアメリカの次のムーンショット、すなわちガンの治癒に力を注ぐと発表した。その原動力の多くは、脳腫瘍で亡くなった息子さんの経験からきている。

バイデンの計画は主に2つ:ガン研究及び治療のファンディングを増やすことと、分断されがちなガン関係者(研究者、医師、製薬会社、病院、などなど)を横断的につなぎ、研究成果がちゃんと患者に届くようにすること。(詳しくはバイデン自身のブログ記事で読めます。なんとMedium上なのね。)まだ抽象的すぎて具体的にどういう施策を打つのかはよくわからないが、少なくとも2016年はガン関連の研究費がたくさんつく一年になるだろう。

更にガン治療薬を開発する製薬会社にとって追い風になりそうなのがFDAのガン治療薬領域の主任審査官を務めるリチャード・パズダー(Richard Pazdur)の人生に起こった悲劇だ。昨年11月に長年連れ添った奥さんが3年間の闘病生活の末に卵巣癌で亡くなったのだ。ニューヨークタイムズの記事によると、奥さんがガンと診断された2012年以来、FDAのガン治療薬の審査期間が平均6ヶ月から5ヶ月に短縮され、多くの薬が前例がないほどに速いスピードで審査を通過しているらしい。ニューヨークタイムズの記事についたコメントを見ると、多くの人が「自分の妻がガンになるまでガン患者の苦しみがわからなかったのか」となじっているものの、「そんな個人的な経験に審査が影響されていいのか」というコメントは少数派の様子。仕事に私情を持ち込まない日本の感覚で記事を読むと「そんな一個人の家族の事情によって全国民(いや、ある意味全世界)の薬の審査が左右されるんだ」と驚いてしまうが、家族をとにかく大事にするアメリカではこれも許されるということか。

バイデンとパズダーの悲劇が重なった2016年。ゲノム科学やガン免疫療法の領域ですさまじく進む科学の進歩もあいまって、今年はいままでになくガン治療が進歩する一年になるのではないかと新年からそわそわしています。

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