皆出て行ってしまう。


去年の今頃に書いた記事があって、びっくりした。medium に書いた記事はだいたい今年の初めころ書いたと思ってたから。去年、18歳の頃の私の言葉。私はどこにも行けないと感じてたときの言葉。あの頃は1人でコーヒーを飲んでいた。たしかあの家の記事を書いたのは雨が降ってて、授業が終わって、帰りたくないときだった。

覚えてることなんてただざあざあ降った雨を見て、私は1人で、それでも結構幸せで、でもやっぱり不安だ、そう不安だ、と感じたこと。何もかも幸せだと思える日は来ないことをもしかしたらあの頃から気付き始めていたのかもしれなかった。その事実は、今の私をとても安心させるけど、高校生の頃の私だったらそんなことを言うわたしの頬を張るだろう。なんでそんなこと言うの、まるで呪いだ、と。あの頃の私は幸せに飢えていた。


昔の日記を読み返すと、私は幸せのことばかり考えていた。カサットの母子像に、母と真夜中に飲んだ梅酒に、兄が作った夕飯に、久しぶりに連絡をくれた親友に、一人きりで寝転んだ塩の匂いのするベンチに。


わたしはまだ幸せについて考えてる。これは幸せなんだろうか、それとも無理をして、誰かの感情を切りとって、わたしの心に糊付けしてるだけなんだろうか。なんだか全てがどうでもいいと思う気持ちばかりが本当のことのようだ。そんなはずはない。はずはないのに。


雨が降ってる。わたしはこの後のデートに行きたくない。


書くだけ書いてためていたものをこれからちゃんと出してみます。インターネットに流れる藻屑となれ!

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