人生をビットに
Jul 23, 2017 · 2 min read
はるか昔、家庭用ビデオが普及し始めた頃、映像とは映画であり、テレビであった時代から、個人で映像をつくれる時代が来たとして盛り上がったころがあった。それよりもさらに昔にはビデオもなく、8mmフィルムが映画作家を目指すものの必要ディバイスだった頃もあったがそれはあくまで作品作りのためのものだった。
そんな極めてパーソナルな映像を誰もがはじめて手にできた頃、僕はふと思った。もし、誰かの人生を1分たりとも逃さずに記録できたとしたら、その膨大なテープ(当時は記憶媒体としてはそれしかなかった)はテープではなくその人の人生そのものなんじゃないかと、馬鹿げた妄想をしていた。
それから何十年たっただろう、AIが日常会話のなかに何度もでてくるようになり、シンギュラリティを迎える心の準備を整える毎日で、いろんな書籍を読み漁るうちにこの数十年前の妄想をふと思い出した。倉庫いっぱいにあふれたビデオテープはおそらく今なら片手にのるくらいのSSDもしくはクラウドに簡単に保存できるだろう。そして誰でもその人の人生にアクセスすることは条件さえ許せば簡単なことだろう。
僕は保存容量や管理の容易さが劇的にすごくなったということをいいたいわけではない。自分の人生をビット化して、誰でも他人と共有できたり、時間を超えたりすることができる環境にもうなってしまったということなのだ。ありえないと思った妄想はこうやって知らないうちにどんどん実装できるようになっている。すごいことはこうやって静かに毎日アップデートされている。そのスピードと範囲の広さをこうやってふと実感してみると、人間と機械が融合するとか、人間の知性が宇宙に拡散するのだって、おかしな夢のような話も当たり前のことかもしれないなと実感したのだった。
