強烈なノスタルジー

母が他界した。

実家に帰った。いろんなことが、いろんな過去が、いろんな思い出が頭の中で蘇る。僕の実家は高知。高知て観光するにはいいところだけど、住むには他県の人には難しいと思う。その理由のひとつは仕事が極端にないこと。仕事が極端にないということは高知県人にとっても同じなのだけど、そこには決定的な違いがある。高知人は高知を愛しすぎている。愛しすぎているからこそ、貧乏でもやっていける。そこが大きな違いだ。坂本龍馬やお酒が大好きなだけでは高知に住むのは難しい。観光キャンペーンの「高知家」ていうのは、県民性をものすごくよく表している。

母の死のタイミングで高知に帰って確信した。
僕にとって、仕事をしている東京は働く場所、住んでいる藤野は子供の教育のための場所、そして生まれ育った高知は還る場所なんだと思う。息子と同じ年齢の時に自分が通った小学校まで、通学路を一緒に歩いてみた。その時にズキンと感じた強烈なノスタルジーが、僕の心にそういう槍を串刺した。僕にとってはそこはどういうかたちであれ、還る場所なんだと思った。

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